〇 長野県伊那谷の松川町へ「さくらんぼ狩り」に行ってきた

―― バスで行く「さくらんぼ」と「元善光寺」と「水引」と

 長野県下伊那郡松川町は、近世の伊那街道で発展した大島宿や片桐宿のあった地区の村が合併して出来た町で、さくらんぼをはじめ、りんご、なし、すももなどの果物の栽培が盛んな地域で、観光農園としても広く観光客を受け入れている。

 今回はパートナーと娘たちが語らって決めた、孫たち同伴の「さくらんぼ狩り」のバス旅行に同行することになったが、果物に目の無いのはやはり女性で、男子はわたしを含め2名だけだった。

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 山にかかる雲行き速いが、幸いにもバスは梅雨時の雨雲を避けるように走る。
 
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 さくらんぼの果樹は、ハウス栽培されている。

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 20世紀最高の品種と絶賛されるルビー色の「佐藤錦」(糖度20)。
 大正元年(1912年)に山形県の佐藤栄助氏がナポレオンに黄玉を交配してできたとされる品種で、昭和50年代以降圧倒的な支持と人気で植栽が増え、さくらんぼの最主力品種になっている。

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 佐藤錦に天香錦を交配し、佐藤錦より大粒の晩生種の「紅秀峰」
 糖度が高く甘い、また酸味とのバランスが抜群に良く高価

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 「さくらんぼ狩り」の秘訣は、なるべく奥の樹で太陽が良くあたる場所で、色の鮮やかな熟した実がお勧めとのこと。なお「さくらんぼ狩り」は、果物狩りの中でも一番元が取れる「狩り」だとか。

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 参加者の皆さん、団体扱い30分食べ放題の参加料2,000円の元が取れて満足したようだったが、わたしは15分も経たずにギブアップした。

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 さくらんぼ農場の傍らにあった、ヘメロカリスの花
 日本原産のキスゲなどから欧米で改良された学名:Hemerocallis(デイリリー)。夏緑性多年草で、見慣れた黄色のキスゲより形がよく、綺麗に開いた花は一日花。


● 観光バスのコースには、「元善光寺」参詣が入っていた。
 推古天皇10年(602年)ごろ、仏教を信奉した蘇我氏が宗教争議に破れたためか、難波の堀に打ち捨てられていた阿弥陀如来像をこの地の住人、本多善光が拾い上げて故郷に奉ったことに因む定額山元善光寺(坐光寺)は、長野県飯田市座光寺にある。

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 その後、皇極天皇元年(642年)に勅命により本尊が長野市へ遷座され、その寺が善光の名をとって善光寺と名付けられたことから、それまでの「坐光寺」の名称が改められ、元善光寺と呼ばれるようになったという。現在は、寺のある地名にその名をとどめる。本尊は善光寺如来(一光三尊阿弥陀如来)。天台宗。
現在の本堂は宝永四年(1707年)の再建で、江戸時代中期を代表する仏教建築として国宝に指定されている。

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 矢場の軒裏に多くの千社札や金的成就の札が上がる。

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 客殿前柱の貫頭両端の木鼻に施された唐獅子の彫刻

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 境内のガクアジサイ

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● 伝統工芸の「飯田水引」のアート工芸品
 江戸時代に飯田和紙に付加価値を付けて盛んになった伝統工芸の飯田水引は、明治の断髪令で元結が廃れて一度は衰退したものの、昭和に入って金封、結納品、水引細工などの生産が増え、現在では全国の約70%を生産しているという。

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 梅雨前線の活動で、所によっては大雨になったところがあったようだが、お蔭様でわたしたちは雨の影響を受けずに済むことができた。

 若いころには何の苦にもならなかった車の運転も、大切な娘や孫を乗せての遠出に自信がなくなってきたこの頃では、ガイド付きの観光バスの小旅行は、わたしにとってはすこぶる快適なものとなっている。




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