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〇 今日の一献 ボストン美術館所蔵 『俺たちの国芳 わたしの国貞』展を観に行ってきた

―― 同門の対極的な二つの個性が競う浮世絵版画展

 なにもわざわざアメリカのボストンへ行かなくても、ボストン美術館所蔵の厳選された浮世絵が、いつものように向こうの方から名古屋の中区金山にあるボストン美術館にやって来たので、観にいってきた。

 いわずと知れたボストン美術館は、米国独立百周年の1876年に開館した世界の美術品40万点以上を収蔵する全米有数の規模の民営の施設で、そのうち10万点に上る優れた日本の美術品を所蔵することでも有名な美術館だ。

 今回はボストン美術館が所蔵する、江戸後期から幕末にかけて初代歌川豊国の門下で錦絵の黄金時代を築いた人気浮世絵師、国芳と国貞の14,000点に上るコレクションの中から、浮世絵版画の170点を展示する美術展が今年3月から東京、神戸を巡り、ようやく9月10日から名古屋で開催されている。

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 名古屋ボストン美術館の正面入口
 美術館は、名古屋中区の金山総合駅の南にある「金山南ビル」内にある。

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 『俺たちの国芳 わたしの国貞』展の入口
 

〇 『俺たちの 国芳』

 歌川 国芳(1798~1861年)は、江戸っ子の気性で礼儀など好まず、活発で侠気があり、小さなことにはこだわらずその日に得た画料はその日に使い果たしてしまったという性格を反映して、役者絵、武者絵、美人画、名所絵、戯画、春画と、幅広いジャンルの作品がある。
 特に歴史・伝説・物語などを題材にした、大判3枚つづりの大画面に巨大な鯨や骸骨、化け物などが跳梁・跋扈する作品に本領を発揮している。

 このため国芳の描く躍動感あふれる歌舞伎役者や強烈な個性を放つ冒険活劇の男たちに、当時の江戸っ子たちの人気が集まったという。現在確認されている錦絵の作品数は、5300枚余に及ぶ。

「国芳もやう正札附現金男 野晒悟助のざらしごすけ」00

 歌川国芳(髑髏彫物伊達男)
 「国芳もやう正札附現金男 野晒悟助」弘化2(1845)年頃 大判錦絵
 国芳が描く伊達男。山東京伝の『本朝酔菩提全伝』に登場する葬具造りを生業とする任侠。
 さすがネコ好きの国芳、良く見ると、悟助の衣装にネコたちの集まりで髑髏模様が描かれている。

im_kuniyoshi-201609_12大海原00

 歌川国芳(畏怖大海原)
 「讃岐院眷属をして為朝を救う図」 大判錦絵三枚続
 嘉永4 (1851)年頃
 荒れ狂う大海原で、小船に乗った源為朝を巨大な鰐鮫と烏天狗たちが救う、一大スペクタクル・パノラマ作品

 本展の案内パンフレットに掲載された大判三枚続の錦絵。
 わたしはパノラマ写真が好きでよく撮るが、この絵の連続性を奇妙に感じたので良く観ると、理由は絵ごとの繋ぎがおかしいからで、展示場では作品は繋ぎ目に間(ま)を開けて展示されていたので、やはりそうなんだと納得した。

 以下は、絵図を加工して掲載する。 

20161125-横組画像-001

 では、どうしてこの間(ま)が生ずるのかと考えてみたが、もともと版木3枚の幅より長い紙一杯に描いた結果、絵の左右の端を版木に合わせるとこのような間ができるのではないかと素人なりに考えてもみたが、本当のところは版画制作技術集団の彫師や刷師サイドからの必要の要から生じたものなのかもしれない。

 しかし、かえってこの間があることで、屏風のようにも見えてきたり、あるいは絵に想像をより膨らませる効果を持つ不思議な微妙空間ともなっているように感じるのはわたしだけだろうか。
 
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 歌川国芳(物の怪退治英雄譚)
 「相馬の古内裏に将門の姫君滝夜叉、妖術を以て味方を集むる大宅太郎光国妖怪を試さんと、爰に来り竟に是を亡ぼす」大判錦絵三枚続
 弘化元(1844)年頃 
 平将門の娘が妖術で操る巨大な骸骨のバケモノが、見る者の度肝を抜く作品となっている。

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  歌川国芳(天下無双武者絵)
 「水瓶砕名誉顕図」大判錦絵三枚続
 安政3(1856)年2月
 保元・平治の乱や源平合戦など、江戸っ子に人気のあった古典軍記物に応えるため、幕府の禁じた戦国時代の物語の武将の名を少し変えることで、建前を通した作品も多い。


〇 『わたしの 国貞』

 歌川国貞(1786~1864年)は、同門の国芳とは真逆な性質で、美麗な身なりを好み品が良く、酒を飲んでも深くは嗜まず、晩年は質素にして財産もあったという。
 その作品は、現代のブロマイドとも言われる役者絵や美人画をよくし、国貞の描く細やで華やかな世界はそこに登場するキラキラと輝く男女に、江戸の女たちが憧れ、夢見る世界でもあったようで、「役者絵の国貞」と評された。
 なお、国貞はのちに三代目歌川豊国を襲名している。

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 歌川国貞(三角関係世話物)
 「八百屋お七、下女お杉、土左衛門伝吉」大判錦絵堅二枚続
 安政 3(1856)年 
 江戸の人気小説や庶民の社会生活を題材にした歌舞伎の「世話物」の絶好のテーマとなったのは、現代にも通ずる男女の三角関係で、国貞は迫真の演技の人気役者を、細やかに、華やかに描き出している。

「大当狂言ノ内 八百屋お七」

 歌川国貞(千両役者揃続絵)
 「大当狂言ノ内 八百屋お七」歌舞伎役者 五代目岩井半四郎 大判錦絵
文化11(1814)年頃

「見立邯鄲(みたてかんたん)」00

 歌川国貞(当世艶姿考)
 「見立邯鄲」団扇絵判錦絵
 文政13/天保元(1830)年 
 当時は、宣伝用ブロマイド代わりに江戸の遊里で働く美人遊女を描いた浮世絵も多かった。
 この絵は団扇絵用に、高級遊女の姿を打ち掛けの柄や装飾品に至るまで、緻密に色鮮やかに描いている。

20151209_kunisada_12歌川国貞 「当世三十弐相 よくうれ相」 文政4, 5(1821, 22)年頃

 歌川国貞(今様江戸女子姿)
 「当世三十弐相 よくうれ相」 大判錦絵
 文政4(1821)年頃
 遊女を描いた美人画が幕府の禁令となると、今度は町家の美人娘たちが多く描かれるようになる。
 国貞はあたかも現代のファッション誌のグラビアのように、艶やかな女性と可愛らしい持ち物や装飾品を画いた。

「浮世人精天眼鏡」団扇

 歌川国貞(今様江戸女子姿)
 「浮世人精天眼鏡」団扇 大判錦絵
 文政13(1830)年頃

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 同門の対極的な二つの個性が競う、ボストン美術館所蔵 の浮世絵版画『俺たちの国芳 わたしの国貞』展は、12月11日(日)まで。



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