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〇 今日の一献 お誘いに応えて公園へ サクラと鯉のぼりの中村公園

―― 2016年 名古屋市内のサクラ見物 三題 その3

 名古屋の西部、中村(中の村)の地は、秀吉や豊臣政権を支えた武将たちの出生地だったこともあって、敵対関係にあった徳川氏の開いた尾張のご城下では、この地は江戸時代を通じて未開の寒村地として捨て置かれた。
 現に、徳川氏の権力が確立すると、秀吉の墓所を祀った京都の豊国神社は廃絶され、各地にあった分祀社も江戸時代を通じて祭祀する事も憚られていた。

 中村公園は、ようやく明治時代になって、豊臣秀吉が幕府を開かなかったことから明治天皇により復権され、生誕地に鎮座が許され創建された豊国神社を中心に、園域6.27haの和風回遊式公園として整備されたものだ。
 
 久しぶりに、孫たちから、「明日から新学期が始まるから、その前のお花見を。」とのお誘いに応えて出かけた。

〇 今日の一献 中村区『まち歩きカード』を片手に、散策を楽しむ その6
   ― 中村区『まち歩きカード』の⑥「中村公園周辺

    http://2011deko.blog.fc2.com/blog-entry-307.html

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 秀吉の馬印をイメージした、中村公園のひょうたん池

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 豊国神社の二の鳥居がある
 秀吉は、武神として「豊国大明神」の称号を得ているから、この金銅製の鳥居も、明神鳥居の形式で建てられている。

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 豊国神社の本殿

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 豊国神社の桜並木の参道から、一の鳥居である「赤鳥居」方面を望む。
赤鳥居は、1921年(大正10年)になって、愛知郡中村(村名が「中」)が名古屋市(西区)に編入(合併)されたことを記念して当時の住民の寄付によって建設された。

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 周囲にサクラが植えられた「太閤池」に架けられた鯉のぼり

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 近くにある清正の出生地に建つ、日蓮宗・正悦山「妙行寺」境内にある加藤清正像 

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 秀吉のために清正が創建した、日蓮宗・太閤山「常泉寺」の枝垂れサクラ。
 境内には、秀吉の像がある。


 一般には、翌年(1910年)に開催が予定されていた第10回関西府県連合共進会(博覧会)の会場とするため、1909年(明治42年)に名古屋市が市内で初めて設置した公園が、鶴舞公園であるとされている。

 しかし中村公園は、1885年(明治18年)創祀の豊国神社の本殿を中心に、複数の池や藤の棚などを配した和風庭園として、1901年(明治34年)に愛知県の公園施設として開園しており、1921年(大正10年)に愛知郡中村(村名が「中」)が名古屋市(西区)に編入(合併)されたことに伴い、1923年(大正12年)になって愛知県から名古屋市へ移管され名古屋市の公園となった。

 こうした経緯から、「中村公園は名古屋市内で最古の都市公園」となったわけだが、地元でもそのことを知るものは少ない。

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● 史跡散策 中村公園周辺
  名古屋市秀吉清正記念館
  名古屋市中村区中村町茶ノ木
  http://www.city.nagoya.jp/kyoiku/page/0000010622.html
















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