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〇 今日の一献 『天地明察』の渋川春海の没後300年記念展を観た

―― 国立科学博物館の企画展「渋川春海と江戸時代の天文学者たち」

 今日は、太陽暦の4年に1度のうるう年の2月29日だった。
 久しぶりに昨日まで、関東方面へ行ってきた。
 いつも東京へ行くと、時間を見つけてあてもなく上野山を訪れることに決めているから、今回も帰りに寄ってきたのだった。
 
 ご存知の通り、上野の山には動物園やら国立博物館、美術館など様々な文化施設や歴史が集積しているから、ろくに調べもせず訪れれば、今回のように西洋美術館や黒田記念館、奏楽堂などが休館中だったりするけれど、気楽なもので、その時は他を訪ねればよいのだと考えている。
 (それは、どこへ行ってもわたしにはいつも新鮮で、興味深いところばかりだからだ。)

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 実物大の巨大なシロナガスクジラのモニュメントが目立つ国立科学博物館の本館(日本館)

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 閉鎖されている正面玄関を通して、D51機関車の展示が見える。
 (D51形蒸気機関車231号)


 今回訪れた国立科学博物館は、脇にある巨大なシロナガスクジラのモニュメントをしばし見上げてから、入り口のD51機関車を眺めながら入館した。
 わたしの年齢となると、65歳以上は入館無料だというから、これはありがたかった。

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 展示室ホールの吹き抜け天井
 本館(日本館)中央ホールの吹抜けドーム天井やステンドグラスが美しい


 1階の企画展示室では、ちょうど江戸時代の天文学者、渋川春海(1639~1715年)の没後300年を記念して、日本の科学技術者展シリーズ第11回「渋川春海と江戸時代の天文学者たち」が開催されていた。

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 1階の企画展示室の「渋川春海と江戸時代の天文学者たち」展の入り口

 もともと幕府の囲碁指南だった安井算哲が、将軍家光の異母弟保科正光や水戸光圀などとの親交を通じて、幕府の命により各地での天体観測と算木で計算を行いながら新しい大和歴である『貞享暦』(1685年施行)を完成させ、後に渋川春海と改姓した算術と天文好きの男の生涯を描いた小説、冲方丁の『天地明察』(2010年『本屋大賞』受賞)を以前に読んでいたから、天文好きのわたしにとっては、これは偶然の僥倖として少々興奮ぎみで観てまわった。

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 企画展「渋川春海と江戸時代の天文学者たち」の宣伝チラシ

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 江戸時代の天文学者、渋川春海の事跡展示コーナー


 日本では、平安時代から800年にわたって中国の暦(太陰太陽暦「宣明暦」)が使われてきたが、長い年月を経て、庶民にも分かる天体現象である月食や日食の予報が外れるなど誤差が大きくなっていた。
 このため幕府は渋川春海に命じて、わが国に合った日本人の手による最初の暦、『貞享暦』(1685年施行)の編纂がなされた。

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 我が国最初の天文学者といわれる渋川春海が完成させた『貞享暦』の 1729年(享保14)年版の暦

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 渋川春海が作成した、紙張子製の天球儀(1697年)と地球儀(1695年)


 春海以外の人々として、吹上御苑で天体観測を行い自ら簡天儀などを製作した第8代将軍吉宗や西洋の天文学を取り入れた『寛政暦』を作った大坂の高橋至時や日本地図の伊能忠敬など、市井の天文暦学家の事績資料がわかりやすい説明付きで展示紹介されている。

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 第8代将軍吉宗が作らせた吹上御苑の新天文台

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 緯度や経度を測り地球の大きさを測ろうとした伊能忠敬が行った、夜間天体観測を示した『浦島測量之図』
 
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 土星や木星などの星のスケッチや月齢などの早見表を解説した、上方の岩橋善兵衛が著した『平天儀図解』1802年(享和21年)

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 江戸時代の天文図(星座表)

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 江戸時代後期に数々の望遠鏡を制作し、京都でわが国初の望遠鏡を使った天体観望会を開催した岩橋善兵衛の家に伝わる望遠鏡

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 日本の暦(和暦)の移り変わり


 渋川春海が完成させた『貞享暦』(1685年施行)も、以降年月を経て誤差が拡大していったことから、幕府により『宝暦暦』(1755年施行・貞享暦より出来が悪かった。)や月や太陽の運行に楕円軌道法などを採用した高橋至時の『寛政暦』(1798年施行)、世界でもっとも精緻な太陰太陽暦といわれる渋沢景佑が編纂した『天保暦』(1844年施行)へと改暦が行われた。

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 高橋至時や伊能忠敬、渋沢景佑など、わが国の天文暦学者である人々の生没・師弟関係図。

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 太陰太陽暦の仕組み


 この展示を観ると、平和の時代となった江戸時代の人々の天体の運行などの自然に対する旺盛な知識欲と好奇心に驚かされるとともに、普段わたしたちが何気なく使っている『暦』の重要性に改めて気づかされるものだった。

 なお、明治6年(1873年)、我が国は世界に合わせて暦を『太陽暦』(グレゴリオ暦)に改め、現在に至っている。

 この企画展示は、3月6日(日)まで。

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 冲方丁の『天地明察』(2010年『本屋大賞』受賞)と展示会のブローシャー


● 国立科学博物館について

 国立科学博物館は、東京都台東区の上野公内にあって、1877年に創立された国の教育博物館の系譜を引き継ぐ、自然科学に関する資料407万5991点を収蔵する国立の科学博物館だ。
 1923年9月に発生した 関東大震災による火災で博物館の施設と資料のすべてを失うが、関係先からの資料の寄贈を集め、早くも1926年11月には別館が竣工し開館する。
 
 メインの建物である本館(現在の日本館)は、当時の文部省大臣官房建築課の文部技師糟谷謙三による設計により、1930年12月に竣工したネオ・ルネサンス様式の美しい建物で、2008年6には重要文化財に指定されている。

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 正面玄関から入った中央ホールは、天井まで吹き抜けとなっており、漆喰による装飾と明り取りのステンドグラスが美しい。
 また壁や階段にはモザイクタイルの装飾や大理石がふんだんに使われており、国の威信をかけて建設されたことが分かる。

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 洋風の建物の明り取りのため、壁の随所にステンドグラスが使われており、華やかさが感じられる。

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 階段部分などには、東洋的なデザインの法輪をモチーフにした、透かし金具が付けられている。

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 最上階の3階天井は、自然光を取り入れる金網入りの強化ガラスの明り取り窓が設置されている。(現在は、紫外線を避けるために人工照明となっている。)
 ボランティア説明員の女性によると、オリジナルのガラスの金網は亀甲形だったけれど、制作する職人が居なくなって、新しい部分の金網はひし形になっているという。

 ここには、国内で初めて発見された首長竜、「フタバスズキリュウ」の復元骨格が天井から吊るされ、川床からの発見時の産状レプリカや実物化石標本などが展示されている。

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 アンモナイト類の化石資料(日本館 3階)
 





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