〇 今日の一献 旧ソ連の二眼レフカメラ LOMO LUBITEL 166 UNIVERSAL

―― トイ・カメラと決して侮れない 二眼レフの廉価・普及機シリーズ

 コンタックスのクローンのKiev、イコンタ似のモスクワ、ライカのコピーのフェド・ゾルキーなど旧ソ連時代のロシアカメラは、当時の精密光学器械先進国のドイツカメラを模倣したものが多い。

 ロシアカメラのLUBITELシリーズも、1330年代のドイツ・フォクトレンダーの二眼レフカメラ、ブリリアントをコピーしたもので、本家のブリリアントの変遷とともにモデルチェンジしてきた。

 このLUBITEL 166 UNIVERSAL(LUBITEL 166 U)は、かつてのソ連のレニングラード、現在のロシアのサンクト・ペテルブルグにあった光学機メーカーのLomography社が、1950年に初号機として発売した二眼レフ、LUBITELシリーズの改良機として1984年に発売されたものだ。

 初期のLUBITELは、本家のブリリアントと同じくボディがベークライト製の上下レンズが非連動のモデルだったが、LUBITEL 166 Uはプラスチック製となり、本家の後期型と同じく上下レンズが歯車で連動させてファインダーで焦点調節ができるが、そのボディデザインは本家のコピーから大きく乖離して進化?している。

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 LOMO LUBITEL 166 U
 1984年(昭和59年)8月から1996年まで、合計40万台が製造されたといわれる。

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 LOMO LUBITEL 166 Uと左はフォクトレンダー・ブリリアント後期型。
 LUBITEL 166 UNIVERSALの銘盤などは、それまでのLUBITELのキリル文字とは違って英字表示となっており、輸出向けだったともいわれる。


〇 歯車による焦点調節とレンズ
 テイクレンズとビューレンズを連動させるため、前面に大きな歯車が使われており、このカメラの風貌は他の2眼レフカメラと比べ、一風異なったスタイルとなっている。

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 歯車によるこうしたレンズ連動方式は、日本ではマミヤフレックス2型(1949年発売)やリコーフレックスIII(1950年発売)のフレックスシリーズにも見られ、ファインダーを覗きながら上のビューレンズの第一レンズだけを回転させながら前後させて焦点を合わせると、レンズ周りの歯車の噛み合わせで、下のテイクレンズの第一レンズも連動して回転して前後することにより合焦する。

 ビューレンズは、無銘の1群2枚玉レンズ、60mm f2.8で明るい。
 テイクレンズはトリプレット型(3枚玉)の単層コーテイングされたT-22レンズの75mm f 4.5が付いている。


〇 セルフタイマー付きシャッター
 シャッター速度は B、1/15、1/30、1/60、1/125、1/250秒のシャッターで、セルフタイマーが付いている。
 絞りは、f4.5、5.6、8、11、16、22。

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 向かって右下に、セルフタイマーのレバーかある。その下がシャッター速度変換レバーで、左下には絞りレバーがありそれらの数値の表示はテイクレンズの側面にまとめて印されており、分かりやすい。

 またシャッターのチャージレバーは左上にあるが、チャージは下にスライドしてすると、そのすぐ下にシャッターレバーがあるので、使い勝手は決してよくない。

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 ボディがプラスチック製で重量は540gと軽いから、撮影時にはカメラブレに注意しなければならない。


〇 フィルムの装填
 フィルムはブローニー(120)を使用し、画面サイズ 56×56mmとなっている。
 フィルムの装填は、背面上部にあるダイヤルを回してロックをはずし、裏蓋を開ける。

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 フィルム室の内側には光の乱反射防止するためのバッフアー枠などがないから、逆光撮影の場合にはフレアの発生に注意が必要となる。

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 ボディのノブを引きながら、フィルム室の下側にフィルムを取り付けてからフィルムを伸ばし、上側に空スプールを取り付け端を空スプールに入れる。
 
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 フィルム巻上げノブを回してフィルムを張り、次いで裏蓋を閉めロックしてから、背面の赤窓を開けて数字の1が出るまで巻き上げ、1が出れば赤窓を閉めて装填が完了となる。
 フィルム送りが、こうした赤窓確認式のカメラでは、二重撮影してしまうことに注意しなければならない。

 なお、赤窓は下にあるノブで開閉するが、フィルム室に仕切りプレートを設置して赤窓のプレートを回転させれば6×4.5cmのセミ判撮影ができる。

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 ピント合わせは、フードを立ててピントファインダーを見ながら下のテイクレンズを回して行うが、ピントスクリーンは本家ブリリアントと同じくコンデンサーレンズの中央をマット上にした部分で焦点調節するもので、付属のピントルーペをセットしてもすこぶる見にくく合わせづらい。

 また同じくファインダーは明るいもののケラレが大きく、視野率が小さくフレーミングに苦労する。

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 LUBITELの断面概念図 
 (LUBITEL-2のマニュアルから)

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 ファインダーフードの中央を押し開けて、フード背面の穴から覗けばスポーツファインダーとなる。

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 使用フィルムの感度などの備忘サインが書かれたアクセサリー。
 

〇 LOMO LUBITEL 166 Uの仕様

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〇 取扱説明書と構造図

 英文取扱説明書の一部

000-commiecameras-002のコピー

Lubitel166 manual01

Lubitel166 manual02

 ロシア語の構造説明図

○ Blog 資料 Lubitel166 20170425-1


〇 LUBITEL 166 Uの撮影例

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 高架線を走る新幹線
 T-22、3群3枚玉 75 mm、 f 4.5
 ASA160 1/250 F11

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 三重県鈴鹿市の『鈴鹿の森庭園』の枝垂れ梅
 ASA160 1/250 F11
 画面の端にはレンズの周辺光量の低下が見られる。
 
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 三重県鈴鹿市の『鈴鹿の森庭園』の枝垂れ梅
 ASA160 1/250 F11

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 三重県鈴鹿市の『鈴鹿の森庭園』
 ASA160 1/250 F8

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 上の画像からのトリミング画像
 トリプレットレンズとはいえ、ブローニーフィルムの画像の中心部分をトリミングすればその解像度は高く、実用に十分耐えられる。


 ところで、カメラの開発の歴史は、人の目で見たものをいかに忠実に効率よく写し撮ることに開発技術者が心血を注いできた歴史だったと思う。

 しかし近年では、操作ミスなどにより、時として予期せぬ一風変わった画像が得られる場合が多いことから、海外の芸術写真家と称する人々やアマチュアの一部でのチープなトイ・カメラへの人気の高まりを反映して日本でもトイ・カメラのブームがあるようで、LUBITELやHolgaといった廉価で簡便な、見た目にいかもチープそうなカメラが持て囃されるようになっている。

 こうした風潮の中で、「LUBITELは、そのプラスチック製のボディなどからチープなトイ・カメラに見えるけれど、ガラスレンズを付けた複数の絞りやシャッター速度を備えた立派なカメラだ。」との海外の好事家の意見もある決して侮れないカメラだ。

 

〇 今日の一献 京都東山の『将軍塚』と青龍殿の舞台へ行ってきた

―― いにしえの都鎮護の故事を残す 京都のまちを観望する新スポット

〇 天台宗青蓮院の飛地境内にある『青龍殿』
 
 古の都京都の古刹や街を歩き回るのも楽しいが、それまで見て廻った街を高い視線から眺められるところといえば、いままでは展望の開けた東山の麓にある清水寺の舞台や高台寺の境内、あるいは駅前の京都タワーの展望台からだったと思う。

 今回訪れた天台宗青蓮院の飛び地として標高200mを超える東山山頂にある境内の『青龍殿』の舞台は、京都観望の新しいスポットとして、これから脚光を浴びることになるに違いない。

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 天台宗青蓮院の『青龍殿』の枝垂れ桜
 京都の街中の桜の季節は少し過ぎたとはいえ、標高のある東山山頂の境内の桜はまだ十分に見応えがあった。

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 『青龍殿』は、京都市東山区の粟田口、知恩院の北にある天台宗比叡山延暦寺の門跡として1150年に開山した青蓮院(しょうれん)の飛び地境内として、東に離れたちょうど八坂神社の裏手に当たる、京都大学の花山天文台などがある東山の山頂の3,000坪の広い敷地内に将軍塚大日堂とともにある。

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 もともと北野天満宮の前にあった大正時代に建設された木造の武道館「平安道場」を青蓮院の大護摩堂としてここへ移築し、併せてその付属施設として山腹にせり出した大舞台(1,046㎡)が建設されたもので、2014年の10月から公開されている新しい施設だ。

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 『青龍殿』の裏手から山腹にせり出した標高216m総ヒノキ造りの大舞台は、清水寺の舞台の4.6倍の1,046㎡にも及び、右手に比叡山や大文字山、目の前に銀閣寺、北に吉田山と京都大学、鴨川に沿って西に京都御所、そして左手にかけて京都の市街地中心部などと、180度のパノラマを観望できる。
 また、舞台中央には、ガラスの茶室『光庵』が設けられている。

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 青蓮院の飛び地境内の全容。
 『青龍殿』と大舞台(左)、大日堂(右上)、将軍塚(中央)、東部展望台(右手前)

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 北方面の眺め

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 北方面、左の加茂川と右の高野川の合流点の森が、下鴨神社のある糺の森

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 北方面、左手前が金戒光明寺、右は真正極楽寺。
 左向こうの山は、吉田神社のある吉田山

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 西方、京都御苑(京都御所)

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 東部の展望台
 もともと京都五山の送り火(大文字焼き)を観賞するために設置されたものという。


〇 いにしえの都鎮護の故事を残す『将軍塚』と枯山水式庭園

 境内には『将軍塚』と呼ばれる、直径20m、高さ2mの円墳型の塚が残されている。

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 この場所は、奈良から長岡に都を遷したものの、うち続いた災厄に嫌気がさした桓武天皇が、和気清麻呂とともにこの地に登り、その進言に従って京都盆地に平安遷都することを決めたといわれる。

 『将軍塚』は、794年(延暦十三年)の平安京遷都に当たって、天皇は新しい都の平安・鎮護を願って大刀を帯びて弓を持った甲冑姿の2.5mもの大きな土製の将軍の像を造らせ、ここに埋めるように命じたとの故事が残る。

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 源平盛衰記や太平記には、国家の大事があると『将軍塚』が鳴動したという伝説が残る。

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 境内に広がる枯山水式庭園庭園には、200本の桜や220本の紅葉を始め源平垂れ桃、藤、シャクナゲ、サツキ等が植えられ、春の桜、秋の紅葉の名所となっている。

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 東山の山越えの東方には、眼下に山科の里が眺められる。


 ● 天台宗青蓮院の将軍塚『青龍殿・大日堂』
    京都市山科区厨子奥花鳥町28
   京都駅から タクシー 20分
   蹴上から タクシー 10分

   京阪バス(70番) 通年:土・日・祭日運行
   11月は毎日運行、4月・5月の連休運行

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〇 今日の一献 京都の名園「無鄰菴」庭園へ行ってきた


―― 明治の元老 山縣有朋が愛した庭園・別邸

 幕末・明治という激動の時代に活躍し日本の歴史に名を残す、明治の元老 山縣有朋が、築庭・造園に高い見識と手腕をもち築庭構想の巧みな名手であったことを初めて知った。
 
 以前、仕事で上京した折に、たまたま現在は結婚式場としても使われている東京目白台の「椿山荘」を訪れたことがあって、そこが有朋の住んだ元邸宅だったとは聞いていたが、その庭園の設計まで自ら行ったとは知らないでいた。

 今回訪れた、京都の有朋の別邸「無鄰菴」庭園は、東京の邸宅「椿山荘」や小田原にある晩年を過ごした「古稀庵」とともに『山縣三名園』として、有朋が残した近代日本庭園の傑作だといわれている。

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 「無鄰菴」庭園への出入口
 「無鄰菴」のある敷地は、明治初期の廃仏毀釈令に伴う南禅寺の寺領の徴収後に別荘地として払い下げられたもので、南禅寺のすぐ西、琵琶湖疏水の南畔にある。
 有朋は京都の別邸としてこの地を入手すると、数年の準備期間を置いて明治27年(1894年)に造営に着手し、明治29年には完成させている。

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 敷地は、東西に細長い三角形で、広さは約3,100㎡あり、北西隅に数寄屋造りの母屋、南西に藪内流燕庵写しの茶室、南西隅に煉瓦造り二階建て洋館が配置されており、中央部分から東全面に向けて日本庭園が広がっている。

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 常人なら、入手を避けたい変形の土地の形状を逆手にとって、敷地の南・北両面に樅・檜・杉などの常緑樹を多く配置し、近くに続く東山の山並みを借景とするために東奥を開けて遠近感を強調している。
東奥に設けた琵琶湖疏水を引き入れた三段に落ちる滝から流れ出た水は、浅い池を経て勢いを殺いだせせらぎとして曲線を描きながら手前に向かって流れる。
 また、造園当初は芝生だったといわれる開放的な丘は、今では自然に広がった50種の苔で覆われている。

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 こうしたこの庭の心地よい景色には、有朋の造園構想のセンスとそれを実現した造園師の手腕が遺憾なく発揮されているのだと思う。

 なお、この庭園は1941年に京都市に寄贈され、1951年には国の名勝に指定された。

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 庭園から北西の数寄屋造りの二階建母屋方面を見る。

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 母屋のガラス窓を通して庭園を見る。

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 揺らぎのある景色
 むかしの透明ガラスは歪みやゆらぎがあり、母屋の建設当時のガラス窓を通して見ると風景がゆらゆらして見えるのも、また趣がある。

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 馬酔木の花が咲く庭。
 園内には樅、檜、杉といった常緑樹が多く、花の咲く梅、桜などの樹種は見当たらない。

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 滝から流れ出た水の勢いは、一旦、木々に囲まれた浅い池塘で淀む。

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 東の最奥では、琵琶湖疏水から引き入れた水を三段に設けた滝で落とし、沢飛石を配した瀬落ちとともに、水音が心地よく響く。

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 自然に広がった50種の苔が露地を覆う。

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 敷地の南西にある古儀茶道・藪内流の茶室、「燕庵」写しの茶室。 

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 茶室の付属施設の灯篭と手洗い石

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 東奥から流れ出て庭園を巡った疎水の水は、途中茶室脇の南からの流れと合流し、最後に西に辿りついてから揺らぎながら敷地外に流れ出る。

 明治の元老山縣有朋が愛した庭園・別邸のここ「無鄰菴」は、かつては日露戦争の開戦方針など日本の歴史を作った秘密会議の場ともなったといわれる。

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 名園「無鄰菴」庭園の正面入口は、西の小路に面している。

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 両側に道路が巡る三角形の敷地の、東の頂点となる場所。
 右は琵琶湖疏水のある仁王門通り。
 
 
 ところで、有朋が「無鄰菴」と名付けた邸宅は、有朋の郷里である長州・下関の草庵が初めで、次いで京都の木屋町二条に購入した別邸に名付け、ここ南禅寺参道前の別邸が三番目の「無鄰菴」となったといわれる。

 なお、「無鄰菴」の名の由来は、最初の草庵が周りに隣家が無かった事からだといわれており、この三番目の「無鄰菴」も周りは三方が道路で囲まれ隣家がないことで、なるほどと納得できる。

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 名勝 「無鄰菴」
 京都市左京区南禅寺草川町31番地
 指定管理者 植彌加藤造園株式会社
 京都市営バス 南禅寺・疏水記念館・動物園東門前
 京都市営地下鉄東西線:蹴上駅から徒歩約7分

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 琵琶湖疏水の「蹴上インクライン」と船溜り。中央に「琵琶湖疎水記念館」がある。

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 「蹴上インクライン」の桜のトンネル

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 南禅寺入口の橋上から見た「蹴上インクライン」

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 南禅寺の山門

 今日の一献 35㎜距離計連動式コンパクト蛇腹カメラ コダック レチナⅡa

―― コンパクト35㎜カメラ『レチナ』シリーズの頂点を極めたカメラ

 ライカやコンタックスがレンズ交換式の35㎜システムカメラの開発を目指したのに対して、レチナは当初、折り畳みのできる古典的な蛇腹を利用した小型化による携帯性に優れたコンパクト化を目指したカメラだった。

 ドイツ語で目の網膜を意味する『レチナ(Retina)』ブランドのカメラは、パトローネ入りの35㎜フィルムを開発したアメリカ・イーストマンコダック社が、そのフィルムの普及を狙ってアウグスト・ナーゲル博士の経営するドイツ・ナーゲル社と合併して設立した「ドイツ・コダック社」によって、1934年に販売が開始されたオリジナルレチナと呼ばれる「タイプ117」から始まる。

そして、以後30年間という長期にわたって『レチナ』ブランド名で様々な形態の機種が開発され、最終機となった1964年発売の「レフレックスⅣ」まで続いた一連のカメラだった。

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 1934年に販売開始した最初機の「タイプ117」は、距離計がないモデル(Ⅰ系列・廉価版)で、距離計連動式モデル(Ⅱ系列)は1937年発売の「レチナⅡ」から始まるが、以降二つのモデルは並存しながらそれぞれ様々な改良が図られ進化していく。

 そこで高スペックの距離計連動式モデルのⅡ系列を辿ってみると、それまでフィルムがダイヤル巻き上げ式だったものが、1951年1月発売の「レチナⅡa」からレチナ式巻上げレバーとなり、シャッターチャージも連動して速写性を高め、『コンパクト・レチナ』シリーズの頂点を極める。(また、ストラップ金具もこの時から付いた。)

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 こののち、1954年の「レチナⅡc」とセレン式露出計を組込んだ「レチナⅢc」から、ボディはそれまでの直線を基調とした八角形のデザインから曲線を基調とした大きなデザインに変化し、重量も嵩むようになり、そのコンパクト性は失われていく。
さらに1958年発売の「レチナⅢC」では、標準レンズに加えて35mmF5.6と80mmF4のレンズが用意され、前群交換式のステムカメラへとスペックアップが図られるが、そのスタイルはグロテスクと言わざるをえないものとなる。

 そして1958年の「レチナⅢs」になって、レンズ交換時には、もはや邪魔でしかなくなっていた格納前蓋を取払い、それまでの『レチナ』の個性を特徴づけてきた蛇腹を放棄してデッケルマウントによるレンズ交換カメラとしたことで、「コンパクトカメラ『レチナ』」は終焉を迎える。

 しかし、その後も『レチナ』シリーズの開発は、シャッター優先AEを搭載する「オートマチック」へと進化していき、最後は時代の要請に応えるべくレンズシャッター式の一眼レフカメラ「レフレックス」にまで発展して終わる。


 したがって、ここで紹介する「レチナⅡa」は、「コンパクト35㎜カメラ『レチナ』シリーズのまさに頂点を極めたカメラ」だったとわたしは思う。

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〇 レンズとシャッターの機構
 レンズは、芯のある柔らかさと透明感のある繊細な描写が美しいとの評価のあった、ドイツ・シュナイダー(Schneider Kreuznach)社のクセノン(Xenon) 50mm の明るい f2.0(4群6枚構成のガウスタイプ)が付いている。

 シャッターは、後期型シンクロ・コンパー(SYNCHRO-COMPUR)で、ドイツ式シンクロ接点がMXレバー切換え式。
 
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 シャッターは、後期型シンクロコンパー(SYNCHRO-COMPUR)で、シンクロ接点がMX切換え式。

 なお、1951年1月発売の「レチナⅡa」のレンズは、前期型はクセノン50mmF2のみだったが、7月以降生産された後期型にはヘリゴン50mmF2付きが追加されている。シャッターは、前期型はX接点付きコンパーラピッドだったが、後期型にはMX接点付きシンクロコンパーとなっている。

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 速度ダイヤルは B、1、1/2、1/5、1/10、1/25、1/50、1/100、1/250、1/500秒。
 絞りは、f2、2.8、4、5.6、8、11、16まで。
 
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〇 焦点調節とフィルム巻上げ機構
 ピント合わせは、軍艦部の一眼式のレンジファインダーを覗きながら、鏡筒部にある焦点調節リングをレバーでスライドさせてレンズを前後させて行う。

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 ファインダーは明るく、ブライトフレームが浮かび上がっており、フレーム中央の二重像を重ねることでピント合わせを行う。
  
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 フィルムの巻き上げは、軍艦部の巻上げレバーを回して行う。 
 レバーの先にはローレットを刻んだ円盤が付いており、巻上げ操作がし易い。
 
 レバー巻上げでシャッターがチャージされる、優れたセルフコッキング機構を備える。
 フィルムカウンターは、逆算式となっている。

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 巻き戻しは、巻き上げレバーとシャッターボタンの間にあるボタンを押して逆転ロックを解除しながら、左の巻き戻しノブを回しながら巻き取る。
 この時代の巻戻し機構は、まだクランク式とはなっていない。

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 裏蓋の開閉は、左角にあるレバーを引き下ろしロックを外して行う。
35㎜フィルムのパトローネは左室内に装填し、フィルムは左から右へ移動し右にあるスプロケットで巻き取る。

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 そもそも『レチナ』は、アメリカ・イーストマンコダック社が開発した、一般大衆が使い易いパトローネ入りの35㎜フィルムを使うカメラとして開発された。

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 カメラの速写ケースは、上質な皮で作られている。


○ コダック「レチナⅡa」の仕様

○ Blog コダック レチナⅡa 20151203


〇 コダック「レチナⅡa」の取扱説明書と宣伝広告
 
 英語版の取扱説明書の一部

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 別バージョンのコダック「レチナⅡa」の取扱説明書の表紙(表裏)

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 コダック「レチナⅡa」の宣伝広告
 
● Blog 資料 コダックレチナ2a

 アメリカ・コダック社製品の宣伝広告
 
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〇 コダック「レチナⅡa」の撮影例

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 公園の森

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 JR名古屋駅の中央線ホーム

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 東海道二川の宿の本陣

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 東海道二川の宿(愛知県豊橋市)

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 JR名古屋高島屋のクリスマス飾り

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 小宅の庭の洋菊














〇 今日の一献 保育園の年長さんに教えられた 上りドクターイエロー

―― 「栴檀は双葉より芳し」となりますよう
 
 近々グランドオープンする名駅前のJRゲートタワービルへパートナーと出かけた。

 ソフトオープンで出入りが制限されているビルの15階のオフィースフロアーの北西で偶然見つけた格好の窓からJRや名鉄の列車を撮影して帰るときに、オープン前のホテルの入口で鉄道マニアの保育園の年長さんたちの一行に出会った。

 この保育園の年長さんの男の子から教えてもらったのは、もうすぐ上りドクターイエローが名古屋駅にやってくるという望外の情報だった。

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 やって来た博多駅を11:19に発った『のぞみ検測上りのドクターイエロー』は、JR名古屋駅に向かう。

 手前は、高山本線特急「ワイドビューひだ」の待機車両編成

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 17:13に名古屋駅を発車した、下りのぞみ45号とすれ違うドクターイエロー

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 17:14着
 名古屋駅に到着した『のぞみ検測上りのドクターイエロー』
 17:16発
 
 たまたま出会った祖父母に連れられた保育園の年長さんの男の子は、絵本を読んで列車が好きになり、2歳のころに与えられたデジカメで、列車の撮影旅行をするようになったという。
 待機線に留置されていた高山本線特急「ワイドビューひだ」も良く知っていた。

 「栴檀は双葉より芳し」となりますよう。
 幼いながらも好きなことを突き詰めている頼もしい姿に、わたしたちは感心しきりだった。

● 「2017 あのドクターイエローに必ず会える時刻表!!」
  http://dr-yellow-eline.com/


〇 ついでに、日本で一番高い場所にある「スターバックス」に寄ってきた


 国内チェーン「スターバックス」の中で70mと、最も高い場所にできたのが、先日ソフトオープンしたばかりのJRゲートタワー15階にあるこの店。
 450㎡の店舗面積に、コーヒーカウンターがあるブース席とガラス張りで眺めのよいテラス席の160席。

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 どうせ座るなら、屋外のテラス席がお勧め。

 しかしこの季節、高度10mで1℃気温が下がるし、吹きさらしの風で体感温度も下がるから、ダウンジャケットの着用は必須アイテムだ。

 でも、ゆったりした席で五感が寒さに研ぎ澄まされて飲むコーヒーの味は格別で、それに高度が高い場所でも値段は同じだから期待は裏切らない。

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 何より眺めがいい。













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