〇 今日の一献 二眼レフカメラの世界を切り開いた ローライフレックス・スタンダード

―― その標準仕様は、ローライフレックスの栄光を決定付けた

 上下に二つレンズを並べ、上のレンズで画像の焦点を決め下のレンズで撮影するという二眼レフの基本機構の原型は、既に1890年ごろにはあったといわれるが、当時はカメラが大きすぎて機動性に欠けるもので、当時はコンパクトに折り畳めるスプリングカメラが人気だったようだ。

 しかし、ローライフレックスは、自社製品のコンパクトな三眼式ステレオカメラのレンズの一つを取り去るというアイデアから生まれたカメラだったが、この単純なアイデアが以後の世界の近代二眼レフカメラの主流になるとは、当のフランケとハイデッケも考えてもいなかったかもしれない。
 (だから1927年に発売した同社の最初のカメラ、ローライフレックス・オリジナルは、三眼ステレオカメラ、ローライド・スコープの巻上げノブなどの多くの部品が流用されていた。)

 ローライフレックス・スタンダードは先行機を手直し、ブローニー120ロールフィルムを使うカメラとして1932年1月から製造開始したモデルで、いまもフィルムが生産されており撮影できるカメラとして使用することができるが、その基本設計は名実ともに以後の高機能機の標準仕様となるもので、まさに二眼レフカメラの世界を切り開いたといえるものだった。

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 ローライフレックス・スタンダードは、大きさが90(W)×135(H)×90(D)mm 重量780gと、後の高機能の改良型ローライフレックスに比べて一回り以上軽量コンパクトで、手になじみ易く持運びも容易だ。

 テイクレンズの違いで、
  モデル620(Type2):Zeiss Tessar 4,5/75(1932年1月~1934年1月、4,926台)
  モデル621( Type1):Zeiss Tessar 3,8/75(1932年1月~1935年1月、38,248台)、
  モデル622(Type3):Zeiss Tessar 3,5/75(1932年11月~1938年5月、51,894台)の3種類のモデルが製造された。


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〇 カメラ前面の機構
 このカメラの前面板に取り付けられたビューレンズは、トリプレット型の3枚玉、ハイドスコープ・アナスティングマット75mm F3.1。
 テイクレンズはカール・ツアイス・イエナのテッサー75mmで明るさはF3.5。
 鏡面反射防止のコーティングがされていないから逆光には弱く、光源が入ると画面に白いフレアが派手に発生する。しかし、さすがテッサーの写りはシャープで、カラーでも注意して使えば、カラーフィルムがない時代に設計・製造されたレンズとは思えないすばらしい発色・描写となる。

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 シャッターは、コンパー・ラピッドで、T,B,1-1/500秒(前期型のコンパーは、最高速1/300秒)。鏡筒下にあるチャージレバー兼用のシャッターレバーを、チャージしたのと逆に引く往復動作で切れる。なお、TとBは、シャッターチャージは不要だ。
 達磨型の鏡筒の左右に、シャッターと絞りのレバーがある。
 フィルターサイズは、経24mm

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 前面板を取り除くとわかるが、ピント送りは、4本のヘリコイド支柱(スピンドル)が回転・前後し、レンズボードを並行してジャッキアップする精密な機構になっている。
 この機構は、このローライフレックス・スタンダードまでで、この後のローライの各機種では、二つの勾玉型のカムの回転で前面板を前後させる簡易な機構となる。

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 シャッター速度と絞り値をレンズカバー上部の窓から確認しながらレンズの鏡筒の両側にあるレバーを操作しておこなう。


〇 ピント合わせ
 ピント合わせは、フードを立ててピントファインダーを見ながら、右側面のノブを回して行う。
 ピントファインダーは、単なるスリガラスだから、暗所ではすこぶる見にくい。右下に取付けられた丸い水準器を見ながら水平を出す。

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 精密なピント合わせは、付属のピントルーペをセットして行う。

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 スポーツファインダーは、ユニークな機構だ。
 フードの左右・背面と前面を畳んで枠だけにすると、その枠の中央に穴のあいた凹面鏡が張ってあり、フードの後方から覗いて自分の瞳がこの凹面鏡に映ったときが正確な正面となり、そのとき枠で囲まれた視野の部分が精密な画角となるという仕組みになっている。

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 カメラを構えて凹面鏡に映る自分の目玉を探すのは、相当慣れないと苦労することになる。

〇 フィルムの装填と巻上げ
 フィルムの装填は、底にある簡単なフックを外して裏蓋を開けるが、2重ロック式になってはいないから、ケースを使うなどして外れることに注意したい。

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 フィルムはブローニー120を使用し、画面サイズ 55×55mm。
 底の部分にフィルムを取り付けてからフィルムを伸ばしておいて、上側に空スプールを取り付け端を空スプールに入れる。
フィルム巻上げレバーを回してフィルムを張る。

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 フィルム室内には内面反射防止の機構はない。

 フィルムの巻上げ方式は、フィルムを装填した後、レバーを回してボディ底にある赤窓で1枚目を確認するまで巻上げ、レバー上部のボタンを押してカウンターを1にしてから撮影に入る。2枚目からはレバー半回転の巻上げ操作だけでカウンターが進む。
巻き上げとシャッターチャージは完全に独立しており、多重露出の防止機構がないから二重写しの注意が必要だ。

 シャッターチャージとフィルム巻き上げが連動する、「オートマット」機構は、スタンダード型以後の機種で実現する。


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 フィルムの巻上げ機構
 クランクレバーの巻上げ歯車の回転が、大きな歯車を介して左端にあるフィルムスプールの付いた歯車に伝達される。この歯車にはフィルム逆転防止のラチェットが付く。
 また、クランクレバーにある三日月形の歯車の動作により右奥のカウンター歯車を回転させて、カウンターを進める。

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 〇 便利なアクセサリー
  スタンダード型のピントノブは小さく、後の機種のように大型化したノブの根元の側面に被写界深度を刻むことができなかったようで、ピントフードの背面に被写界深度表のプレートが付けられている。

 また、ボディ背面(裏蓋)には、ASA100を基準とすると見られる簡易露出表が付いている。

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〇 ローライフレックス・スタンダードのキャップなど
 せっかくこのカメラを入手しても、レンズキャップがないものが多いから、後から純正のキャップを探すことには相当苦労することになる。
 幸いこのカメラにはキャップが付いていた。
 このキャップは、鉄板プレス製の被せ式で、メーカー名のフランケ&ハイデッケのイニシャル「F&H」の文字とレンズ製造会社のカール・ツァイス・イエナのマークが入っており貴重な一品だ。

 右にあるのはオールドカメラの必需品のフードだが、純正ではない。 ローライフレックス・スタンダードの純正フードを探すのは、さらに困難を極めるという。

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 カメラケース
 このころのカメラケースは本皮製で、経年変化でストラップは劣化しているが、ケース本体はいまも十分な美しさを保っている。

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 ボディがアルミダイキャストで堅牢だが、重量は780gと軽いから、撮影時にはカメラブレに注意しなければならない。

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ローライフレックスの成功に触発されて、後にフォクトレンダーのスパーブやツァイスのイコフレックスなど、ドイツの光学機メーカーからローライのパテントを避けながら様々な形式の二眼レフカメラの新製品が開発されたが、結局使い勝手や機能の合理性においてローライの優秀さを超えることはできなかったといわれる。

 戦後わが国において、ローライを模倣した国産二眼レフの一大ブームが起こるが、どうしてもローライのアルミダイキャストの堅牢さが出せず、結果として肉厚の製品とせざるを得ず、ボディが大きく重くなったという逸話も残る。

〇 ローライフレックス・スタンダードの仕様

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 ローライフレックスマニュアル
 当時、世界の光学機器の最高峰を誇ったドイツカメラは、盛んに米国に輸出されたことから、ローライフレックスの英文広告やマニュアル文献も多い。

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 ローライフレックスの型式の推移

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 ローライフレックスの英文広告

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 小さいガード上を過ぎる名鉄電車
 カールツァイスイエナ・テッサー 75mm F3.5
  ASA160 1/250 F11
 
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 村社の拝殿
 カールツァイスイエナ・テッサー 75mm F3.5
  ASA160 1/250 F8
  左にフレアが出ている。

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 下町の氏神様の鳥居
 カールツァイスイエナ・テッサー 75mm F3.5
  ASA160 1/250 F11

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 下町の棕櫚の樹
 カールツァイスイエナ・テッサー 75mm F3.5
  ASA160 1/250 F11

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 カールツァイスイエナ・テッサー 75mm F3.5
  ASA160 1/250 F11















〇 今日の一献 国産二眼レフの最終・最高峰の製品 ヤシカマット-124G

―― 頑なに最期まで二眼レフの生産を続けたメーカー ヤシカ

 大戦後の日本の復興期の一時期、ブローニーフィルムで正方形の画像を撮る廉価な国産二眼レフカメラの一大ブームが起こり、雨後の竹の子のように設立され製造を始めた町工場の製品は、当時「4畳半カメラ」ともいわれ、カメラの名称の頭文字もAからZまであったといわれる。

 しかし、このブームの初期には、撮れればよいという廉価版の機種が大衆に歓迎されたものの、それだけに飽き足らない消費者の関心が次第に高性能の機種に移っていくにつれ、同時に性能と価格の熾烈な競争が起こり、やがて弱小メーカーの多くはその競争に勝てず姿を消していった。

 こうした玉石混合の二眼レフカメラの中にあってヤシカの二眼レフは、戦後に設立され各種の中級カメラを製造してきたヤシカのブランドカメラだ。特に、同社の二眼レフカメラの初号機となる1953年発売のピジョンフレックス以降、大衆向け改良機種の製造を続け、1970年代になってカメラメーカーの多くが35㎜一眼レフカメラに主力を移し撤退する中で、ヤシカはなお頑なに二眼レフの製造も続けた。

 ここに紹介する「ヤシカマット-124G」もそのヤシカの製品の一つで、本家ローライフレックスと同じように、フィルム巻上げと同時にシャッターチャージするクランク式を採用して速射性を高めた、自社のヤシカマットの機構を踏襲しながら、CdS露出計を備えた中型カメラの入門機として1971年に発売された。

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 ヤシカマット-124G
 1971年(昭和46年)2月発売で、販売価格36,500円(別売ケースは1,500円)のこのカメラは、当時の高級中型カメラに比べて軽量で価格も4分の一ほどの値段だった。

 カメラの名称の「124」というのは、120ブローニーフィルムで12枚、220フィルムで24枚の両方が撮れるという意味で、「G」は電気接点に金メッキ端子が使われているということを誇らしげに示しているのだそうだ。


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〇 カメラ前面の機構

 ビューレンズは、ヤシノン 80mm、F2.8
 テイクレンズは、テッサー型(3群4枚)のヤシノン 80mm 、F3.5が付いている。
 シャッターは、コパルSV(セルフタイマー付き)、速度は B、1、1/2、1/5、1/10、1/25、1/50、1/100、1/250、1/500秒。

 シンクロ接点MX切換え式。ロック付のシャッター。
 レンズの左右に、シャッター速度と絞りの調整ダイヤルが付く。
 上下レンズともフィルター径30mmのバヨネット式。

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〇 露出計の機構
 露出計は、CdSを使用したシャッタ-速度優先の追針式(絞り優先も可能)。
測定範囲はEV4.5~17(ASA100)、フィルム感度目盛ASA25~400、ボディ部警告表示、水銀電池1.3Vを使用。メータースイッチは、ファインダーの蓋の開閉と連動する。

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 銘板の脇に外光式CdSメーターの受光レンズがある。
 カメラ上部に追針式メーターとASA切替の窓がある。
 側面に水銀電池を入れる。


〇 焦点調節とフィルム巻上げ機構
 ピント合わせは、フードを立ててピントファインダーを見ながら、右にある下の焦点調節ノブを回して前面を前後させて行う。ファインダーはフレネルレンズ付で明るい。精密なピント合わせは、付属のピントルーペ(3倍)を使用する。
 フードの蓋を開ければ、透視ファインダ-となる。

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 カメラの左側に焦点調節用のノブがある。右側にクランク式のフィルム巻上げ:レバーがあり、フィルムの巻上げと同時にシャッターチャージが完了する(オートマット巻上げ)。

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 フィルム番号の12枚撮りと24枚撮りの変更は、カメラの裏蓋のフィルム圧板をスライドすると自動的に巻上げクランク上部の窓の12と24の数字表示が変わる。

ヤシカマット124G 20150911-004

 フィルムはブローニー(120と220)を使用し、画面サイズ 56×56mmとなっている。
 フィルム送りは、背面の蓋を開けてフィルム巻紙のスタートマークを巻き上げ、120または220の印まで巻けば裏蓋を閉めて装填が完了となる。
 

〇 国産二眼レフの最期
 1971年に発売されたこのカメラは1986年に生産終了となるが、それは国産二眼レフの最期となるものだった。製造期間が15年と長く、海外にも多く輸出されたようで、今でも程度の良い中古品を海外から手に入れることができる。
 なお正確には、プロ級レンズ交換式のマミヤCシリーズの最終型であるマミヤフレックスC330sが、1994年に生産終了となったことで国産二眼レフカメラは終焉した。

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 このカメラメーカーのヤシカは、1949年に長野県諏訪市で電気時計メーカー八洲精機として創業し、1953年になって二眼レフカメラのピジョンフレックスの製造を始めるとともに八洲光学精機に改称したが、このころの二眼レフカメラのブームに乗って、「ヤシカ」のブランドで各種の改良型の二眼レフを製造した。
 1958年に社名を商標と同じ「ヤシカ」に改称し、各種の35㎜フィルムカメラなども製造したが、オイルショックの景気悪化などで1975年に経営が悪化し、1983年になって京セラに吸収合併された。
 その後も京セラは、ヤシカブランドを使用してカメラの生産続けたが、2007年になって光学事業から撤退し、ついにヤシカブランドは姿を消した。

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 別売りのカメラケース
 このころになると、ケースの色はいままでの茶から黒が主流となる。

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 ヤシカマット-124Gのマニュアル
 ヤシカは1957年に米国に販売子会社を設立するなど、製品の輸出に努めたことから、いまもヤシカマット-124Gなどをオークションで海外から比較的容易に手に入れることができる。

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〇 ヤシノンレンズの写り

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 JR東海 笹島信号場 向野(こうや)橋跨線橋(1899年製造)
 ヤシノン 80mm F3.5
 ASA160 1/250 F8

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 JR関西本線 鳥羽行き快速列車「みえ」
 ヤシノン 80mm F3.5
 ASA160 1/250 F11

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 JR東海 笹島信号場 
 ヤシノン 80mm F3.5
 ASA160 1/250 F11

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 下町の家屋
 ヤシノン 80mm F3.5
 ASA160 1/100  F5.6

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 都会の地下隧道
 ヤシノン 80mm F3.5
 ASA160 1/50 F4













〇 今日の一献 アルファベットの最後の名称 ゼノビアフレックスⅠ型

―― AからZまで、星の数ほどあった国産二眼レフメーカー

 第2次大戦後の日本がようやく復興を始め、国民の生活にも少しゆとりが出て来た頃、家族のささやかな幸せを自分のカメラで写真に撮って残そうとする人々の欲求が、カメラへの強い関心として高まっていた。

 この時、紙巻のブローニーフィルムを使って6cm四方の画像を撮る二眼レフカメラは、速写性と機動性にはやや欠けるものの、フィルムを節約しながらじっくり撮影し現像したフィルムから35㎜フィルムのように引伸ばしのコストもかけずにそのまま密着印画(ベタ焼き)すれば、十分に満足できる大きさのプリントが得られたから、安価な二眼レフカメラの一大ブームが起こった。

 もとより、ドイツ輸入のローライフレックスなどは高価で庶民には高嶺の花だったから、人々の関心は機構が簡易なローライコードを模倣した国産カメラへと向かい、このブームに乗って二眼レフを製造する町工場が星の数ほど林立し、それらのカメラの名称の頭文字がAからZまであったといわれる。(ただし、J、UとXのものは確認されていない。)
 おかげで当時は、小さなメーカーのカメラを「4畳半カメラ」と揶揄する言葉まであったという。

 1953年に第一光学から発売された、このゼノビアフレックスⅠ型(Zenobia flex)は、そうした数多くの国産二眼レフカメラの名称のうちで、アルファベットの最後の「Z」で始まるスペルを持つカメラだ。

 しかしこのカメラ、単に名称がアルファベットの最後という栄誉を担うだけでなく、そのスペックでもなかなか侮りがたい良質な性能を持ったカメラだった。

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 ゼノビアフレックスⅠ型
 1953年(昭和28年)2月発売 当時の発売価格19,500円のこのカメラは、決して入門機ではなかった。 

Blog ゼノビアフレックス 20150910

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 フアインダーを見ながら右手で焦点調節ノブを回して前板を前後させて焦点を合わせる。(前板繰り出し式)

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 ビューレンズは、3枚玉のビューヘスパー 75mm、F3.5
 テイクレンズは、高級レンズのテッサー型(3群4枚)の自社製ネオヘスパー 75mm、F3.5が付いている。
 それぞれのレンズは、単層コーテイングが施されている、

 シャッターは、コンパー型のダイイチ・ラピッド(セルフタイマー無し)、速度は B、1、1/2、1/5、1/10、1/25、1/50、1/100、1/250と最高速の1/500秒が付いており、ハイスペックな仕様となっている。
 
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 ボディは、アルミダイキャスト製で重量は915g。

 フィルムはブローニー(120)を使用し、画面サイズ 55×55mmとなっている。
 残念ながら、裏蓋の止めはフック式の簡単な止め金具だけでロック機構がないから、フィルム装填後にはケースを使用しない場合には、誤ってはずれて裏蓋が開くことに注意を要する。

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 フィルム送りは、背面の赤窓を開けて数字の1が出るまで巻き上げ、1がでれば赤窓を閉めて装填が完了となる。
 フィルム送りが、こうした赤窓確認式のカメラでは、二重撮影してしまうことに注意しなければならない。
 

 このカメラは第一光学の二眼レフの初号機だったからか、レンズやシャッターがハイスペックなのに比べ、フィルム送りが背面赤窓確認式だったり、フィルム室内に乱反射防止の工夫がされていなかったことは残念に思う。

しかし、翌年にはビューレンズがF3.2と少し明るくなり、フィルム送りはセミオートマット、レンズ周りにバヨネットを採用し、フィルム室内に内面反射防止バッフルを装備するなど大幅に改良され、それらの不満が解消されたゼノビアフレックスⅡ型が発売された。

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 ピント合わせは、フードを立ててピントファインダーを見ながら、右にある下のノブを回して行う。
 ファインダーは十文字が入ったスリガラスだが、付属のピントルーペを併用すれば、ピント操作は割りと見やすく容易だ。


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 このカメラのメーカー、第一光学の頭文字Dのロゴがピントフードに付けられている。
 第一光学は、戦前から岡田光学精機の社名でワルタックスというスプリングカメラを製造していたが、戦後1951年になって社名を第一光学に改め、「ゼノビア」のブランドでスプリングカメラや二眼レフカメラ、35mmカメラを製造した。
 しかし、1956年になって経営が行き詰まり、ゼノビア光学に社名変更し再建したが、58年に再び倒産し以後再建されることはなく姿を消した。

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 このカメラに付けられた名称「ゼノビアフレックス」の「ゼノビア」は、3世紀に強国ローマ帝国と戦って破れ捕虜となったものの、その最期はローマで平穏な生涯を終えたという、現在のシリアの砂漠地帯に実在したパルミラ王国の「東方の女王」と呼ばれた美貌・知略の女性の名前で、カメラの名称のスペルと同じくラテン語でZenobiaと書くそうだから、その名称の出自は相当格調の高いものだった。

 なお、この女王ゼノビアが治めたパルミラは貴重な古代遺跡として残り、ユネスコの世界文化遺産となっていたが、最近(2015年)になってイスラム国が侵攻・制圧し、同遺跡のバール・シャミン神殿やベル神殿の一部を破壊したと報じられて改めて有名となった。

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  旧500シリアポンド紙幣(1998年)
  右は「パルミラのクレオパトラ」こと、ゼノビア女王の肖像。中央にはパルミラ遺跡の記念門が描かれている。

00Asahi54 アサヒカメラ年鑑1954年度版広告-002
      アサヒカメラ年鑑
      1954年版の広告

ゼノビアフレックス 20150910

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  大須観音寺本堂
  ネオ・ヘスパー 75mm F3.5
  ASA160 1/250 F11

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  大須東仁王門通商店街
  ネオ・ヘスパー 75mm F3.5
  ASA160 1/250 F8

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  三角屋根のブルーシャトー
  ネオ・ヘスパー 75mm F3.5
  ASA160 1/250 F11

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  モクレンの花
  ネオ・ヘスパー 75mm F3.5
  ASA160 1/250 F8

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  中華料理店の店内
  ネオ・ヘスパー 75mm F3.5
  ASA160 1/50 F5.6

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  ネオ・ヘスパー 75mm F3.5
  ASA160 1/50 F5.6
  色彩を除去して、当時主流だったモノクロフィルムと同じようにすれば、ネオ・ヘスパーの写りは何ら遜色のないものだ。











〇 今日の一献 リコーフレックス・シリーズの頂点を極めた ⅦS型

―― 簡便な機構で実現した、国産二眼レフの廉価・普及機シリーズ

 カメラの構造の基本は、フィルムに暗箱とレンズさえあればよいといわれた時代がある。もちろんファインダーとシャッターや絞りが付いていれば、なお申し分がないのだけれど、、、。

 二眼レフカメラのリコーフレックスⅦS型は、1950年に理化学工業が販売開始した廉価・普及機のフレックス・シリーズの改良機として、1955年に発売された。

 価格を安く抑え大量生産するため、フレックス・シリーズは、ローライのようなアルミダイキャスト・ボディではなく、前面板からボディ、フィルム中枠、ファインダーフード、裏蓋まで、すべて鉄板プレスと板金溶接のユニット構造とし、大きなギアの噛み合わせで連動させたテイクレンズとビューレンズの第一レンズだけの前後で焦点を合わせるという簡易なシステムとしたことから、このカメラは他と違った独特なスタイルとなっている。

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 リコーフレックスⅦS 前期型
 1955年(昭和30年)発売 当時の価格8,300円
 
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 テイクレンズとビューレンズを連動させるため、前面に大きなギャが使われており、このカメラの風貌は他の2眼レフカメラと違った独特なスタイルとなっている。

 フアインダーを見ながら上のビューレンズの第一レンズだけを回転させながら前後させて焦点を合わせると、レンズ周りのギャの噛み合わせで、下のテイクレンズの第一レンズも連動して回転して前後する。

 ビューレンズは、トリプレット型の3枚玉、リコー・ビューアー 80mm F3.5
 テイクレンズもトリプレット型のリコー・アナスチグマット 80mm F3.5
 それぞれ単層コーテイングがされている、


〇 セルフタイマー付きリケンシャッター
 シャッター速度が B、1/10、1/25、1/50、1/100、1/200秒のリケンシャッターで、セルフタイマーが付いている。
 これまでのリケンシャッターは、B、1/25、1/50、1/100秒の3速だけだったが、このⅦS型からシャッター羽根を二枚から三枚にし、ガバナーギアを入れて5速とし、最高速度も1/200秒にまで上げるなどの大幅な改良で撮影範囲を広げ、シリーズの頂点を極めた。

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0リコーフレックス 20150905-001

 向かって右に、セルフタイマーのレバーと絞りレバーがある。左にシャッターのチャージレバーとシンクロ接点があり、下にレリーズレバーがある。
 
 ボディが板金製で重量は780gと軽いから、撮影時にはカメラブレに注意しなければならない。


〇 フィルムの装填
 フィルムはブローニー(120)を使用し、画面サイズ 55×55mmとなっている。

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 フィルムの装填は、2重ロック式の簡単な止め金具をはずして裏蓋を開ける。

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 リコーフレックス・シリーズの特徴の一つとして、中には、取り外し式の中枠があるから、フィルムの巻上げノブを引きながら逆に回して固定し、そのまま中枠を取り出す。

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  左の中枠はⅥ型のもので、レンズ後群を覆う部分が筒状になっており、中枠の内側表面には光の乱反射を防止するための細かい溝が切ってある。                               
右の中枠はⅦ型以降のもので、コストダウンのために形状は簡略化され、内側の溝もなくなった。

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 中枠の下側にフィルムを取り付けてからフィルムを伸ばしておいて、上側に空スプールを取り付け端を空スプールに入れる。

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 中枠を本体に戻して、フィルム巻上げノブを回してフィルムを張る。

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 裏蓋を閉めてから背面の赤窓を開けて、数字の1が出るまで巻き上げ、1がでれば赤窓を閉めて装填が完了となる。
 フィルム送りが、こうした赤窓確認式のカメラでは、二重撮影してしまうことに注意しなければならない。

リコーフレックス 20150905-003

 ピント合わせは、フードを立ててピントファインダーを見ながら、下のテイクレンズを回して行う。
 ピントファインダーは単なるスリガラスだから、暗所ではすこぶる見にくい。

 精密なピント合わせは、付属のピントルーペをセットして行う。


〇 便利なアクセサリー
 この時代のカメラにはレンズフードは必需品だが、リコーフレックス・シリーズのテイクレンズは回転するから、フードの形状は角型よりも丸型のほうが使い勝手がよい。
 また、テイクレンズに当時別売り品だったレバーを付ければ、ピント合わせのため歯車を回すときに指を痛めなくて便利だ。

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0リコーフレックス 20150905-002


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 高架線を走る新幹線
 リコー・アナスチグマット・3枚玉 80mm F3.5
  ASA160 1/200 F11
 画面の端に、レンズの周辺光量の低下が見られる。
 
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 JR名古屋駅前のビル群
 リコー・アナスチグマット・3枚玉 80mm F3.5
  ASA160 1/200 F8

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 名鉄電車の行き交うガード
 リコー・アナスチグマット・3枚玉 80mm F3.5
  ASA160 1/200 F11
 シャッタースピードが最高速1/200では、走る列車の静止した画像は得られない。

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 鯉のぼりの吊るし飾り
 リコー・アナスチグマット・3枚玉 80mm F3.5
  ASA160 1/50 F5.6

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 リコーフレックス Ⅶ型  1954年(昭和29年)発売 価格8,300円(55年から6,800円)
 リコーフレックスⅦS型 1955年(昭和30年)発売 価格8,300円
 リコーフレックスⅦM型 1956年(昭和31年)発売 価格8,300円


 二つのレンズをギャで噛み合わせた独特のデザインのリコーフレックス・シリーズは、廉価・普及機としては良く写るということから1950年III型の発売から57年のミリオン発売までに、100万台を超える販売を記録するという人気を博し、当時の二眼レフ・ブームの火付け役ともなった。
 なお、リコーフレックスⅦ型に1/500秒のセイコー社ラピッドシャッターを付けたものやリコーフレックスⅦS型に1/300秒のシチズン社製シャッター付きのものもあったが、いずれも社外品付きの希少な製品だった。

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 フレックス・シリーズは、前面板からボディ、フィルム中枠、ファインダーフード、裏蓋、レンズギアまで、すべてユニット構造の単純なシステムだから分解・整備はきわめて簡単だ、


〇 ついでに
 先日何気なくTVを見ていたら、ある番組で、女優の壇蜜(34)の祖父が使っていた古いリコーフレックスⅦを整備して、故郷で独居する理解者で愛しい祖母を撮影したいと、東京浅草の早田カメラに修理を依頼するというものだった。

00P1180043のコピー

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 それで、見事復活して、彼女が隅田川をバックに撮影したモノクロ作品を映して、結果メデタシ、メデタシの内容だった。


● Blog 資料 クラカメ資料 00-00-003

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● Blog 資料 クラカメ資料 00-00-002





〇 今日の一献 唯一のアール・デコを纏った ローライコードⅠ型 

―― ローライ二眼レフの廉価・普及版、コード・シリーズの初号機

 ローライコードⅠ型は、不思議なカメラだ。
 このカメラは、中型二眼レフカメラのローライフレックス・スタンダードが発売された翌年の1933年に、廉価・普及版の初号機として登場したが、そのボディーには、金色の基調色の上に黒で唐草模様が描かれた真鍮製の金属板を纏っており、これまでのカメラのボディーは黒の革張という常識を覆す出で立ちで発売された。

 だから発売されると、当時流行ったアール・デコ・デザインの風潮の中で、その思い切った外観のデザインが美しさとして持て囃され、早速「アール・デコ・ローライコード」とか、日本では「金ピカコード」などというニックネームを付けられ、人気を博したといわれる。

 しかし、さすがドイツのフランケ&ハイデッケ社が製造したコードⅠ型は、廉価・普及機とはいえど決して外観だけの見掛け倒しのカメラではなく、その基本仕様はこの後に続くコード・シリーズにも受け継がれていく完成度の高いものだった。

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 なお、ローライコードⅠ型には、ほかに翌年(34年)に発売された黒の革張のボディーでテイクレンズがトリオターのF4.5からF3.8に付け換えられたモデルもあるが、36年になってコードⅠa型が発売されると、両者は製造を終了する。そして、これ以降ローライカメラのどのモデルにも「アール・デコ」のデザインは使われることはなかった。

ローライコード 1  20150901-001

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 ファインダーの蓋には、フランケ&ハイデッケ社のF&Hのロゴが麗々しく描かれている。
 蓋を立ててからこの天板を押せば、素通しのスポーツファインダーとなる。

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 正面最上部には、ローライコードのプレートがつけられている。
 プレートには、機種を示すローライフレックスやコードの名称は表示されているが、この会社の製品には、とうとう後の機種でも型番を示す表示はされなかった。
(だから、ローライカメラの型番の特定は、そのカメラに装着されている機能・仕様を観察して判定するしかないのだ。)
 ビューレンズは、3枚玉75ミリF4のハイドスコープ・アナスティングマットが装着されている。

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 撮影レンズは、ローライフレックスに使われている高級なテッサーレンズ(4枚玉)よりも安価な、カール・ツァイスの3枚玉、トリオター 75ミリ F4.5が装着されている。
 この時代のレンズには、まだレンズの表面反射による入射光量の減趨を防ぐためのコーティングがなされていないから、撮影時にはフードの装着は必須アイテムとなる。

 シャッターはコンパーC#00で、チャージとレリーズをシャッターレバーの往復で行う(リムセット・シャッター)。まだ古典的なシャッターの「T」を有する。速度はこのほかB、1~1/300秒で、当時販売されていたフィルム感度の上限がASA100だったから、実用には十分な性能となっている。

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 フィルム装填は、底にある留め金をはずして裏蓋を開けて、120ブローニーフィルムのスプールを下の突起にはめ込み、フィルムを裏紙とともに引き出して、裏紙の端を上に付けたスプールの切れ間に通して巻き上げノブで調節すれば完了。
 フィルム室壁面には、光の乱反射を防ぐバッフルがないから、撮影時には順光が基本セオリーとなる。バッフルの装備改良は、後の1952年に発売されたフレックスⅣ型まで待たなければならない。

ローライコード 1  20150901-002

 撮影を開始する前に、まずカメラ底部にある赤窓で確認しながらフィルム巻き上げノブを回し番号の1を出してから、ボディー左側面のカウンター解除ボタンを押してリセットしてカウンターの1を出す。
 撮影後は、カウンターが次の番号になるまでフィルム巻き上げノブを回しながら巻き進める。カウンターは12までで、それ以上には進まない。
 このセミオートマット式のフィルム巻き上げ方式は、1936年発売のローライコードⅠa型から自動巻き止め(オートマット式)になる。

 この時代のフィルムはモノクロだけで感度も低く、フィルム確認用の窓は赤色にすればフィルムは感光しなかったから、蓋がなくても問題はなかったと思われる。しかし、現在発売されているフィルムの裏紙は当時の裏紙に比べて相当薄いから、裏紙を通してフィルムが感光することに注意を要する。
 わたしは、フィルムの包み紙を小さく適当に切ってこの赤窓を覆い、その上に絆創膏を貼り付けて使用している。

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 ファインダーの合焦(ピント合わせ)は、スリガラス上に像が合焦するように右側面のピントノブを回しながら行う。
 この場合、付属の拡大レンズを使用するとより精密な合焦が容易となる。

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 背面には、かなり詳細な簡易露光表がレリーフにして装着されており、露出計を持たない撮影者への便宜が図られている。

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 発売当時のローライコードⅠ型のパンフレット

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ローライコード 1  2015090 03


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  名古屋金山駅南口 ブロンズ像「蹲る女」
  トリオター 75 mm F4.5
  1/100 F8
 フード無しで、ビル陰に設置された像を撮ったから、右からの斜光の影響でかなりのフレアが発生している。

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  当時のフィルムのように、モノクロにした画像
  昔のようにハイライト部分を焼き込めば、フレアは気にならなくなる。
 
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  名古屋金山駅の名鉄電車
  トリオター 75 mm F4.5
  1/100 F8
  フードを付けても逆光撮影ではフレアの発生が目立つ。

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  名古屋金山駅の名鉄電車
  トリオター 75 mm F4.5
  1/100 F8
  太陽を背にした順光撮影であれば、カラーでもトリオターはまったく遜色のないレンズだ。

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  名古屋金山 名古屋市民会館前のブロンズ像
  トリオター 75 mm F4.5
  1/100 F8
















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