〇 今日の一献  思い出探しのマレーシアの旅 その13

――No.13 Selamat Tengahari Malaysia マラヤ鉄道で行く錫で栄えた町イポー

 KLの北、約200キロにあるイポー(IPOH)の町は、錫((スズ)の採掘で栄えた町で、その採掘に従事したのが主に中華系の人々だったことから、今でも中華系の住民が大多数を占める。

 今回の旅は、それまでの単線・ディーゼルから複線・電化といった鉄道システムの近代化が進められ、2010年にKLの新しい駅、「KLセントラル駅」から運行を開始した、マラヤ鉄道の高速電車、ETS(Electric Train Service)に乗ってIPOHを訪れた。

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 KLセントラル駅
 この新総合駅は、愛知県出身の黒川紀章の設計で、2001年に開業した東南アジアで最大級の大規模な駅だ。

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 もともと、KL市内には中心駅としてKL駅があるが、新しく開発されたRapid KLの市街電車と新空港線の乗り入れやモノレール路線などとの結節のために、(わたしの記憶では、KL駅の南にあった操車場の跡に、)新たに総合駅として建設されたものだ。

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 マラヤ鉄道は、北西部のペラ王国で発見された錫の大鉱床から生産された錫を運搬するため、1885年にタイピンから西海岸のポート・ウェルドの港までの間13㎞で開業したのが始まりで、1920年には半島西海岸線のタイ~シンガポール間950kmが開通した。また東海岸線は、西海岸線の南部にあるゲマスから1931年に北部のコタ・バルの先までの500kmが全通して現在に至っている。
 
 なお、「マラヤ鉄道」の名称は、鉄道が敷設された当時この地域が英領マラヤと呼ばれたことに起因する。しかし、1947年のマラヤ連邦の結成から57年の独立を経て、1963年のマレーシア連邦の成立後もそのまま継続して使われていることによる。

 〇 今日の一献 マラヤ鉄道の、素敵な老婦人が目を覚ました その2
   ―― マレーシアの56型蒸気機関車 MNR564.36 ”Temerloh”について
       http://2011deko.blog.fc2.com/blog-entry-96.html


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 2010年に運行開始したマラヤ鉄道の高速電車、ETSの運行は、毎日10往復(シルバー3往復、ゴールド7往復)を始発のKLセントラル駅の地下1階から発車し、終点IPOH駅まで最高速度155km、約2時間30分で結ぶ。

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 わたしたちは、午前9時発6両編成9304-EG04列車のD号車ゴールド指定席をリザーブした。
 乗車料金は、35リンギ(約1,400円)だ。
 
 飛行機に乗ると同じ要領で、時間が来るまで1階の待合コーナーで呼び入れのアナウンスを待つ方式だ。

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  地下1階にあるホームには、ETSが待っていた。
  2009年導入のクラス 91列車は、車両は韓国現代ロテム製、電装は日本の三菱電機が製造を担当した、ステンレス車両だ。

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 モノクラスで指定席だから、乗客が乗ってしまえばホームは閑散とする。 (前方)

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 プラットホーム1番の表示に、日本語での表示があるのは何とも微笑ましい。(後方)

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 座席は、車両の左右に2人がけ固定で、赤地にオレンジや赤の細かい模様を散りばめたクロス地シートだ。

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 この列車の停車駅の表示と編成(A~Fの6両)や禁煙、ペットの持ち込み禁止などの表示がある。

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 発車から4分後の9:04にKL駅に着く。
 KL駅は、市内最古の駅舎で、英国人の設計により1910年に完成したミナレットやドーム式の天井を持つ、ムガール様式の美しい建物だ。

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 近郊で近距離旅客電車KTMコミューターのラワン~スレンバン線、センツール~ ポート・クラン線の列車が停車する。
 ホームに停車する中国製のクラス92列車(2010年導入)が見える。

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 列車がKL駅を発車してしばらくして、ブルーのスカーフを被った若い女性車掌が切符の検札にやって来た。(車掌は全て女性のようだ。)

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 それに気がついて、わたしたちはそれぞれのテーブルの上に指定席切符を置いて検札に備えた。
 切符には、わたしの席のD号車の5列目のBが印字されている。

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 わたしたちのシートに近づいてきた女性車掌の制服は、ブルーのスカーフ、黄色地にブルーの幾何学模様のついた長袖のバテックの上着と黒のパンタロン姿だ。揺れる列車内なのに、ヒールの高い靴をはいている。
 「高いヒールで大丈夫なのだろうか。」と言ったら、「若いからでしょう。」とパートナーがわたしを窘めた。
 日本と違って、特段の挨拶も微笑みのサービスもない。
 何か言うかなと期待したのだが、それもなく、ただゆったりとした動作で乗客の占めるシートと切符をチェックしながら静かに去っていった。

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 小さな川を渡る。エアコンが効いた車内は快適だが、車窓からは、バナナやレインツリーなどが見られ、列車が熱帯を走るのだとわかる。

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 イスラム教の小さなモスクが見える。

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 9:35、3つ目の停車駅、RAWANGに着く。
 ホームの向こうに中国製のクラス92列車が停車している。

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 韓国現代ロテム製クラス 91列車のトイレは、男女兼用トイレと身障者用トイレを備える。

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 身障者用トイレの内部は広くて清潔だ。
 
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 ドアの前にある、非常用ドア開閉ハンドル

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 車両の前後には液晶モニターが付いており、なにやらわけの分からないビデオ番組が流されていた。
 その画面上部に、時刻と列車の速度が表示されている。
 この画像のときの速度は、時速144kmを示しているが、公称最高速度145kmを超えて146kmを示したのを見た。
 モニターの上には、車両製造会社「韓国現代ロテム」のプレートが張られている。

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 沿線につづく、果実からヤシ油を採るためにプランテーションで栽培されているパームヤシ(アブラヤシ)の林。
 マレーシアでは、1900年代初頭にパームヤシが移入され、盛んに栽培されるようになった。また同時代には、天然ゴムの原料となるパラゴムノキも移入・栽培されるようになり、まもなくこれらはマレーシアの主要輸出第一次産品となった。英国の植民地政策により、これらのプランテーションで働く労働者が必要となり、インドのタミール系の人々の移民が促進された。

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 10:05、4つ目の停車駅、TANJUNG MALIM駅着。

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 北上する列車の進行方向右に遠く見えてきた、半島マレーシアの背骨ともいうべき高地・山脈地帯。

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 10:34、6つ目の停車駅、SUNGKAI駅に着く。

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 農村のマレー住民の典型的な高床式木造の家
 沿線には、ヤシ油を採るパームヤシの林などの熱帯植物や農村風景が広がるが、かつて盛んだったゴム林を不思議と見かけなかったのは、近年天然ゴムの世界需要の低迷で採算が悪化し、規模が縮小する一方、パームヤシ林への転換も進んでいるからではないかとのことだ。

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 11:20、時刻表どおり10番目の停車駅、今回の旅の終点であるIPHO駅に到着。

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 停車場の西側の留置線など、線路施設の規模が拡大されている。

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 IPHO駅のクラス 91列車
 複線電化で停車場は新調され、大屋根で覆われていた。

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 新しい停車場には、エレベーターを備えた跨線橋も見える。
 駅舎のほうに眼を移すと、駅舎は古いままだった。

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 停車場構内から、久しぶりの駅舎側面を眺める。

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 30年前のIPHO駅の風景
 このころのマラヤ鉄道は、単線運転で、蒸気機関車に代わってディーゼル機関車が列車を牽引するようになり、それでもKLからIPHOまで急行列車で3時間以上かかった。


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 IPHO駅構内のキオスク

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 駅構内のチケット売り場と待合室

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 今も残る古い駅舎の車寄せ
 熱帯多雨の国の駅構内の車寄せは、全て屋根で覆われている。
 この風景には何も変わらないが、出入りする人たちはみなミマホを使っている。

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 駅の外出口には、なつかしいオートバイクの行商が来ていた。

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 美しいIPHOの駅舎
 1917年に改築された白亜のムーア・コロニアル様式の駅舎は、マレー鉄道の駅のうちで最も美しいといわれ、人口50万人のマレーシア第3の町、IPHOのシンボルになっている。

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 駅舎の正面玄関上部のファサードの飾りも、凝ったデザインとなっている。

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 IPHO駅舎の全景

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 かつて家族で訪れたときの美しいIPHO駅舎の風景
 しかし、年月の過ぎるのは早いものだ。
 小さかった子供たちは、今ではすでに家庭を持ち、わたしたちには5人の孫ができた。


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MAJESTICステーションホテルの痕跡
 昔の列車の旅は日数がかかったから、主要駅にはステーションホテルが整備されており、旧KL駅舎内のホテルも豪勢なものだった。

 ここIPHO駅舎の2階にも、かつてはMAJESTICステーションホテルがあって、機会があって一度泊ったことがあるが、テラスを備えた豪華な調度の、古くてだだっ広い部屋だったと記憶している。
 しかし、残念ながら10年ほど前に閉館したという。

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 新しい複線電化への対応のため、プラットホーム、エレベーターを備えた跨線橋や停車場の屋根は新設されたが、駅舎は昔のまま必要な部分だけが使用されている。
 この歴史的価値のある駅舎は、このままではいかにももったいなく、早晩全体の整備が行われるものと期待している。

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 かつての駅前広場はヤシの木と芝生が広がっていたが、今は噴水とスズ採掘などの風景を描いたレリーフが設置されていた。


 マレー半島は、もともと密林が多く、主としてマレー民族が住む人口過疎地域だったが、アラビア・インドと中国の交易のためこの地方のマラッカが貿易風による風待ちの適地として中継港となったことから、マラッカ王国として発展し、アラビア・インド系や中国系商人も住むようになった。

 その後、この国が英国の植民地となってから、パームヤシやゴムのプランテーションの労働者としてインドからの移民が促進され、次いでスズの採掘の労働者として、主に中国福建省方面から多くの中国人の移入が続いたという歴史的経緯により、現在のマレーシアはマレー系(60%)、中華系(30%)、インド系(10%)といった民族構成の多民族国家となっている。







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