〇 今日の一献 黒部峡谷鉄道に乗って晩秋の紅葉を愛でる その3 

―― 晩秋の黒部峡谷の宇奈月駅に戻る

 鐘釣駅から折り返し、上りの列車を待って、来た路線を辿って帰る。

 実は、往きの便でも特別料金520円を払えば、R型(リラックス客車)と呼ばれる密閉型ボギー客車に乗れたのだが、準備してきた防寒衣を着込んでいたから大丈夫だと思っていたのだが、思いの外晩秋の高地の気温は、防寒具を着ていても寒さが身に堪えた。

 しかし、結局、トロッコ列車とはこういうものなんだと昭和生まれのわたしは、痩せ我慢して普通客車で還ることにしたのだった。

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 黒薙駅に着く列車

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 宇奈月ダム湖を左手に眺めながら、もうすぐ終点、宇奈月へ
 今朝対岸から列車を眺めた位置だ。

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 宇奈月駅などで、販売されている、渓谷限定チョロQ(左)と『連結でGO!』(右)のおみやげのおもちゃ

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 精巧なトロッコ列車の模型
 模型をバックに、記念写真を撮れる。
 このブルーの鉄橋は、沿線中で最も高い黒薙川に架かる後曳橋の鉄橋だろうか。

43-500p1月29日(火)

 冬期の雪に埋もれたトロッコ列車(参考)
 冬期(12月 - 4月中旬)運休中のトロッコ列車の客車は、このように包まれて留置される。
 (2013年1月29日の「黒部峡谷鉄道」のFace Bookから借用)
 黒部峡谷鉄道株式会社
 https://www.facebook.com/makoto.koide.1238#!/kurotetu


〇 トロッコ観光の拠点、宇奈月温泉
 峡谷美を愛でる黒部峡谷鉄道のトロッコ観光の拠点、宇奈月温泉は、1922年(大正11年)に電源開発の資材運搬基地と湯治客、工事作業員の福利厚生施設の一石三鳥を狙って設立された温泉会社により開発された温泉地だ。

 1923年(大正12年)に黒部鉄道(現・富山地方鉄道)が三日市駅(現JR黒部駅)と宇奈月を結ぶ鉄道路線が開通し、同年、黒薙温泉から松材製のパイプで源泉を引込むことに成功したことにより発展し、ホテルや旅館、商店や土産物店が多数立ち並ぶ、富山県内の温泉地では最大規模、北陸でも有数の天然温泉の温泉郷となった。

44-47000-t0 黒部宇奈月温泉
 宇奈月温泉の全景を写した古写真
 所在地、富山県黒部市宇奈月温泉
 泉質は、単純温泉で、泉温98 ℃、PH8.15の弱アルカリ性。
 源泉から7kmにも及ぶ引湯管を使った引湯施設が珍しい。

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 現在の宇奈月温泉の街

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 かつて源泉から宇奈月温泉まで温泉を引いた、松材の導水管
 いまは、鋼管製の導管が敷設されている。

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 宇奈月温泉『延対寺荘』

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 富山県高岡市で明治33年創業の料理旅館「延對寺旅館」の別館として、1923年(大正14年)に開業した温泉旅館。
 竹久夢二、与謝野晶子、川端康成などの文人・作家などの有名人も利用し、格式を誇る。82室(内和洋室4室)/479名収容


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〇 富山地方鉄道と映画『RAILWAYS』
 富山地方鉄道株式会社は、富山県内東部を中心として、鉄道路線とバス路線を運営する中規模の地方私鉄だ。1923年(大正12年)に資材運搬を主な目的として旅客も乗せる鉄道路線として、三日市駅から宇奈月駅が開通した。
 現在、本線として、「電鉄富山駅」から「宇奈月温泉駅」間、53.3kmが運行されている。

 2011年には、この宇奈月温泉を始め、雄大な立山連峰を望む富山地方を走る鉄道を舞台にした、映画『RAILWAYS~愛を伝えられない大人たちへ』が、全国公開された。

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 黒富山地方鉄道の宇奈月温泉駅と温泉の噴水
 最初の駅名の桃原駅から、1924年(大正13年)宇奈月駅に改称され、また1971年(昭和46年)には現在の「宇奈月温泉駅」に改称された。トロッコ列車の宇奈月駅に隣接して、この宇奈月温泉駅がある。

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 宇奈月温泉駅は、富山地方鉄道本線の終点駅だ。
 島式ホーム1面、2線の地上駅で、橋上駅舎がある、
 1990年代までは、大阪駅・名古屋駅から直通列車が運転されていたが、いまはない。

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 富山地方鉄道14760形電車(ワンマン電車)
 1981年製、第6編成のモハ14771+モハ14772。
 
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 車 両 構 成  運転台付
 自    重  38.0t
 定    員  111名(座席定員44名) 
 車 両 寸 法  L18550mm×W2800mm×H4150mm
 製 造 所  日本車輌

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 映画『RAILWAYS~愛を伝えられない大人たちへ』のポスター


 映画『RAILWAYS~愛を伝えられない大人たちへ』は、2011年12月3日、全国公開された日本映画だ。
 雄大な北アルプスの立山連峰を望む富山地方鉄道を舞台に、定年退職を1か月後に控えた運転士の夫婦の愛と絆を描く、地方鉄道に焦点をあてたRAILWAYSシリーズの第2弾。

 監督は、これがデビュー作となった蔵方政俊。出演は、三浦友和、余貴美子。小池栄子など。
 全編を富山県内でロケした作品で、富山地方鉄道が走るのどかな風景が大きな魅力となっていた。
 映画の中では、例えば宇奈月温泉の延対寺荘が、主人公徹の定年を親しい同僚が祝うシーンに登場したりしている。

 実は、この映画もパートナーに連れられて観たのだが、舞台がせっかく立山連峰と富山地方の景観の素晴らしさにもかかわらず、配役のせいなのか、『RAILWAYS』シリーズの初弾であった中井貴一主演の『RAILWAYS 49歳で電車の運転士になった男の物語』の方が、数等よかったという記憶がある。


 ところで、冒頭の「自然との共生」の話だが、先年、立山・黒部をアルペンルートで横断し、また今回は、黒部渓谷を遡って大自然の壮大な景観の一端に触れてみて、何となく今まで感じていた違和感の正体が朧げながら見えてきたような気がしている。

 わたしたちは、わたしたち人間の生活の幸せを追求するあまり、今まで人跡未踏だった秘境とも言われた峻険な黒部峡谷の自然に抗い、壮絶ともいえる闘いの結果、ついにはこれをねじ伏せ克服しながら、多くのダムや発電所を建設してきたのではなかっただろうか。

 いや、実はそうではなくて、ここ黒部渓谷では、大自然がしばし寛容の心をもって沈黙し、いまはとりあえず人間のエゴを受け入れてくれているだけなのかもしれない。

 生きとし生けるものの中の人間も、大自然の中ではほんの些細な一部のものにすぎなく、いつも大自然の寛容に包まれながら、その大いなる恵みによって生かされているのだとわたしは考えるのだ。

 だから、人間が「自然との共生」というとき、人間が勝手にあたかも自然と対等、あるいは超越する立場にあるかのように錯覚しながら、「共に生きよう」という、一方的な傲岸不遜なメッセージとして、わたしには聞こえるからに違いない。


(了)


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〇 今日の一献 黒部峡谷鉄道に乗って晩秋の紅葉を愛でる その2

―― 晩秋の黒部峡谷の観光トロッコ列車に乗って

 今年(平成25年)11月上旬、わたしたちは、『黒部トロッコ列車と宇奈月温泉の旅』のバス旅行に参加していた。
 名古屋を前日の朝発ち、トロッコ列車の始発駅、宇奈月駅がある宇奈月温泉で、ゆったりと温泉巡りを楽しんだ翌日の午前、いよいよ黒部峡谷の晩秋の紅葉を愛でるトロッコ列車に乗車することになった。

12000t0-0 黒部渓谷 電車路線図

 黒部峡谷鉄道は、宇奈月-欅平間20.1㎞を架線電圧600Vの全線電化の単線路線で、日本国内では数少ない軌間762mmというミニサイズの特殊狭軌を使用し、自動列車停止装置(ATS)や列車無線装置を完備し、一般の地方鉄道として運行されている。

 起点駅、宇奈月から柳橋、森石、黒薙、笹平、出平、猫又、鐘釣、小屋平、そして終点の欅平の駅がある。
 しかし、もともと関西電力の専用軌道だったものを、黒部峡谷を訪れる観光客の増加と富山県の強い要請で旅客輸送を開始したことから、途中一般観光客が乗降できるのは、有人駅の黒薙と鐘釣だけでその他は無人駅だから、乗降する場合は特別な許可が必要とのことだ。

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 起点始発駅の「宇奈月駅」(標高;224m)
 操車場、車両工場・車庫などがあり、車両基地となっている。


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 黒部峡谷鉄道は、電気機関車25両、内燃ヂーゼル機関車2両、蓄電池機関車2両の、合わせて29両の機関車を持ち、
 また、客車として、開放型客車75両、密閉型客車59両の計134両、
 他に、特殊車(保線車)2両と有蓋貨車152両、無蓋貨車3両の計155両の貨車、
 総合計320両の車両を保有している。

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 列車は、「宇奈月駅」のスタッフに見送られて、発車する。

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 トロッコ列車は、最高速度25km/h、平速度16km/hで走行する。電気機関車2両が、13両のオープン客車や密閉型特別車を牽引する。
 
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 発車後初めての鉄橋、新山彦橋を通過する

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 宇奈月駅を発車した列車はすぐに短いトンネルに入り、そこを抜けると、沿線中最も長い赤い鉄橋の新山彦橋を渡り、またすぐ長いトンネルへ入る。このトンネルを抜けると道路が平行して走り、宇奈月ダムに至る。

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 ブナやヤマモミジなどの紅葉に映える、宇奈月ダム湖に架かる美しいアーチ式の橋

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 宇奈月ダムの近くには、湖上に浮かぶ西洋の城をイメージして造られた、新柳河原発電所がある。
 昭和2年11月に建設された柳河原発電所は、平成5年の宇奈月ダムの建設に伴い廃止され、代わって新柳河原発電所が完成した。

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 宇奈月湖畔の紅葉

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 宇奈月湖畔を行く、わたしたちの下り(上流へ)列車
 列車は車輪の軋む甲高い音を盛んに立てながら、大きく右へ左へ蛇行を繰り返しながらゆっくりと進む。
 ようやくわかるのは、この路線の全線が峻険な山岳で、雪崩多発地帯ともなっているため、軌道は山肌を切り欠いて建設されており、その結果、黒部峡谷に張り付くように走り、全線のほとんどでトンネル、スノーシェッド、そして鉄橋が続くことになるのだ。
 
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 狭いトンネルを行く列車
 日本国内で数少ない軌間762mmのミニサイズの特殊狭軌のトンネルは、狭くて身を乗り出すと危険だ。

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 「黒薙駅」(標高;326m)を出てすぐ、沿線中最も高い黒薙川に架かる後曳橋の鉄橋(高さ60m長さ64m)を渡る。
 列車は、終点の欅平までに41のトンネルと、21の鉄橋を渡り、黒部渓谷のV字谷に沿って進む。
 黒薙駅の近くにある黒薙温泉から7Kmのパイプラインで、宇奈月温泉に源泉を引いている。

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 黒薙川を横断する水路橋。
 出し平ダムから取水した水を流しているが、旧柳河原発電所当時から使われてきた水道橋。ローマの水道橋を彷彿とさせる。

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 いよいよ、列車は中部山岳国立公園のエリアに入っていく。

 トロッコ列車の意味するところは、ミニサイズの特殊狭軌列車であると同時に、客車がもともと貨車(トロッコ)として製造されたものを戦後に旅客車に改造された経緯から、多くは側面がフルオープンの開放型のボギー客車だ。

 だから、ただでさえ標高の高い路線を走るこの列車の普通客車は、晩秋の谷から吹き上げる風と相まって、防寒具を着ていても寒さが身に堪えた。


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 出平ダム
 1980年(昭和55年)に着工し、1985年(昭和60年)に竣工した。
 堤体高:77m、堤頂長:136m、堤体積:20万3千㎥

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 「出平駅」(標高;370m)で上り列車の通過を待つ。
 支線の分岐する黒薙駅以外はすべて行き違いの待機線を持つ駅で、すべての駅で列車の待機が行われる。
 出平からは雪崩多発地帯に入り、トンネルとスノーシェッドが連続する。
 
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 黒部川第二発電所 
 ローリングゲートが用いられていた猫又ダム(取水堰)は、撤去されて黒部川第二発電所へ渡る目黒橋(画像に写っている赤い橋)に変わっている。

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 「猫又駅」(標高;358m)
 河川改修などの工事用基地となっていた。


 猫又駅から、なおも川に沿って走り、途中、出六峰やねずみ返しと呼ばれる急峻な岩壁を見上げながら進む。
 さらに、紅葉の名所として知られる錦繍関を過ぎて、釣鐘のような形をした東鐘釣山(759m)の長いトンネルを抜けてすぐの、鐘釣橋で本流を渡り左岸に渡り、今度は西鐘釣山のトンネルを出ると、1819年(文政2年)に開湯したという河原に湧く露天風呂で有名な、鐘釣温泉のある「鐘釣駅」に着く。

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 「鐘釣駅」(標高;447m)
 来たるのは、EDR形標準的な直流用電気機関車。通常2両重連で運転。
 車両寸法 6900*1662*2730mm
 重量 18.0t
 定格出力 42.0*4kw
 定格速度 24.8km/h

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 機関車の運転席
 (黒部峡谷鉄道のFace Bookから借用)
 機関車の全高は、2,730mmのため、運転席の天井も低い。

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 晩秋の雨に濡れ、紅葉を散らす鉄軌道


 わたしたちのツアーは、残念ながら終点の「欅平駅」まで行かず、この鐘釣駅で下車して昼食を兼ねて休憩し、付近を散策してから反転し帰ることになっていた。

 宇奈月駅を出てここ鐘釣駅まで、所要時間は約1時間の旅だった。

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 鐘釣の万年雪展望台から眺めた晩秋の渓谷
 夏でも溶けない万年雪を眺めることができる。
 また、駅近には、河原に湧き出る温泉のある釣鐘温泉やの高さ34mの橋からの眺めも絶景という。

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 谷に積み重なる紅葉の落ち葉

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 昼食は、白エビの炊き込みご飯と富山の焼きポークのお弁当

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 鐘釣で初めて渓谷に下りる。
 河原の露天風呂で有名な鐘釣。ここにも温泉が湧き出ていた、
 皆さん足湯を楽しんでいた。

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 EDR形列車は釣鐘駅を発車し、黒部川左岸を終点の欅平駅を目指す。


〇 「鐘釣駅」の先について
 せっかくここまでレポートしてきたので、その先、終点までを文献などを引用してレポートする。

 列車は、一旦スイッチバックをしてから釣鐘駅を発車し、終点の欅平駅を目指す。
鐘釣駅を出た列車は、川を隔てて右岸にある美山温泉、鐘釣温泉を過ぎる。しばらく行くと黒部峡谷鉄道で最も長い、四平谷のトンネル(1,073m,)を通過して、更に幾つかのトンネルを抜けると「小屋平駅」(標高;531m)に到着する。
 この辺りでは、黒部川はかなり狭くなり、駅の先には小屋平ダムがある。駅の近くに、資材運搬用のヘリポートも設けられているという。
 小屋平駅から出てしばらく走ると、鉄道路線で2番目に長い最後の猿飛峡のトンネル(777m)に入る。
 このトンネルを抜けると、遠方に新黒部川第三発電所が見え、終点の「欅平駅」(標高;599m)に到着する。宇奈月駅からの全行程の所要時間は、1時間30分となる。


 〇 今日の一献 黒部峡谷鉄道に乗って晩秋の紅葉を愛でる その3
 ―― 晩秋の黒部峡谷の宇奈月駅に戻る に続く。



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〇 今日の一献 黒部峡谷鉄道に乗って晩秋の紅葉を愛でる その1

―― 日本アルプスを切裂く峡谷を走る、観光トロッコ列車

 「自然との共生」という言葉がある。
 むかし初めて耳にしたころには、特になんとも思わなかったけれど、近頃その言葉を聞くと、何となく違和感を感じるようになっていた。

 だけどそれがなぜだかは、はっきりとは分からなかったけれど、先日、晩秋の紅葉を訪ねてパートナーとともに『黒部トロッコ列車と宇奈月温泉の旅』に出かけて、かつて人跡未踏の秘境と言われた黒部峡谷を走る列車に揺られているうちに、そのなぜかが朧げながら少し解ったような気がしてきた。


 黒部渓谷は、富山県と長野県の境の北アルプスの鷲羽岳(2,924 m)を水源として、北に流れて富山湾に注ぐ黒部川(85㎞)が、その流域の約8割が深い山地をV字に穿ちながら流れる峻険な谷の部分を指す。

 黒部川流域の降水量は全国平均の2倍と水量が豊富で、峻険な山地の高低差も大きく、水力発電に有利な条件を備えていたことから、大正時代から大量の電力を必要とするアルミニウム精錬のための水力電源開発が、日本電力(現在の関西電力)により始められた。

 しかし、もともと人跡未踏の秘境であったことから、この開発工事とともに、ダム建設や補修などの資材・人員を運搬する専用鉄道として、断崖を車両の幅だけ切り欠いたトロッコ列車の敷設が着手され、柳河原発電所の建設工事の進捗とともに鉄道も延伸していった。

 昭和2年11月、柳河原発電所が竣工(最大出力54,000kw)する。その後、黒部川にはいくつかのダムと発電所が建設され、現在は本支流合わせて5つのダムと16の発電所がある。

 特に、黒部川流域の上流部の急峻な山岳地帯を舞台にして、7年の歳月と513億円の工費(当時)、延べ1千万人の人手、そして171名にも上る尊い人命の犠牲により、壮絶とも言える工事が行なわれた黒部ダムや黒部川第四発電所の建設は、小説や映画ともなって有名だ。

 なお、昭和38(1963)年6月に、黒四建設工事が竣工してから、今年50周年を迎えた。

01000t 黒部 内蔵助沢 赤沢岳

 黒部渓谷の内蔵助谷(1,200m)から赤沢岳(2,678m)を撮影した、古写真絵葉書

0201t0-0 黒部渓谷 古写真

 黒部渓谷の岩肌に沿った杣道の古写真(場所不明)

0302s0000 黒部渓谷 猫又取入口
 ローリングゲートが用いられていた、1927年(昭和2年)完成の猫又ダム(取水堰)の古写真絵葉書
 1985年(昭和60年)に廃止され、現地には黒部川第二発電所ができた。

0404000-t0 黒部橋上の日電軌道
 1930年代の「黒部峡谷鉄道」の古写真
 ダム建設や補修などの資材・人員を運搬して鉄橋を渡る、日本電力(株)当時のトロッコ列車。


〇 秘境の峡谷を走るトロッコ列車

 今日は、雪だろうか。
 いまごろ谷には、餌を求めて彷徨う鹿の甲高い哀調の声が、長く尾を引きながら響きわたっているだろうか。
 あの時出会った猿たちは岩陰で震えながら、抱いた子猿を中心に身を寄せ合い、猿団子になって寒さに耐えているのだろうか。

 去る11月30日、黒部峡谷鉄道は本年度の営業運転を終了した。

 雪深い峡谷を走るこの路線は、例年冬期になると運転を休止し、雪が解ける4月下旬ごろから除雪に合わせて順次、「宇奈月駅」から部分運転を再開し、終点の「欅平駅」までの全線開通は、5月中ごろまでかかるという。

 黒部峡谷鉄道は、富山県随一の有名な宇奈月温泉にある宇奈月駅から、渓谷を20.1km遡った欅平駅までの標高差375mを黒部川沿いに走る観光鉄道だ。

 冬期は積雪が多く、雪崩などによる危険性が高いことから、一部の区間では線路や鉄橋を撤去してトンネルの中に保管するなど、全便運休するにもかかわらず、宇奈月、黒薙、鐘釣などの温泉地や渓谷美を求めて、全国から年間約45万人の観光客が利用する、輸送密度では北陸一の私鉄となっている。

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 早朝の宇奈月湖畔を行く、下り(上流へ)のトロッコ列車
 宿の計らいの早朝ミニツアーに参加して、宇奈月湖まで送ってもらった。

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 宇奈月駅を発車してすぐ、黒部川を跨ぐ新山彦橋を渡るトロッコ列車
 列車の音が山彦となって温泉街に響くことから、この名が付いたという。

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 晩秋の紅葉の中、新山彦橋を渡る重連の上り列車

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 黒部川を跨ぐ新山彦橋を渡るトロッコ列車
 手前は旧鉄橋で、歩行者専用橋の山彦橋

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 起点駅、宇奈月駅に向かう上り(下流方向)列車

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 山彦橋から続く歩行者専用の旧軌道のトンネル
 日本では数少ないナローゲージ(幅:762mm)の路線跡

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 山彦橋で出会った、山猿の夫婦


 黒部峡谷鉄道は、黒部川の電力資源を利用してアルミニウム精錬を計画した東洋アルミナムの子会社の黒部鉄道が、ダム建設や補修などの資材・人員を運搬する専用鉄道として、軌間762㎜の単線軌道を1925年(大正14年)に宇奈月から猫又まで開通させた。
 さらに、ダム建設工事と並行して、1930年(昭和5年)には小屋平まで軌道が延長され、1937年(昭和12年)になって、現在の欅平まで全線開通した。

 延長工事の途中、経営不振となった東洋アルミナムから日本電力に吸収合併され、現在は関西電力の子会社となっている。

 なお、黒部川第四発電所までは、宇奈月駅から黒部峡谷鉄道で終点の欅平駅まで行き、欅平駅からは関係者専用の関西電力黒部専用鉄道が走る。


 〇 今日の一献 黒部峡谷鉄道に乗って晩秋の紅葉を愛でる その2
 ―― 晩秋の黒部峡谷の観光トロッコ列車に乗って に続く。

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