〇 今日の一献  今年も年の瀬に『歓喜の歌』がホールに響いた

――  名古屋「市民の『第九』コンサート2013」が開催された

 11月24日(日)、名古屋市中区の金山にある、名古屋市市民会館(愛称「日本特殊陶業市民会館」)のフォレストホールで、今年も名古屋市民参加による「ベートーヴェン交響曲第九番合唱付き」のコンサートが開催された。

 このコンサートの合唱に、わたしの幼友達が出演するというので、いつものように仲間で誘いあわせて聴きに行ったのだ。

 年の瀬が近付くこの季節になると、近年日本では、なぜかベートーヴェンの混声合唱付きの交響曲第9番ニ短調作品125(Sinfonie Nr. 9 d-moll op. 125)が全国各地で演奏されるようになっていて、名古屋のこのコンサートも、平成3年度から始まった「賛歌『第九』コンサート」から数えて今年で22回目を迎え、今や恒例のコンサートとなって定着している。

 このコンサートの特徴は、まず合唱の出演者のソプラノ130名、アルト130名、テノール70名、バス70名の合計400名の老若男女が、公募によって参加した市民であって、毎年6月から開始する毎月曜日の夕方の練習に出席し、ドイツ語の歌詞の習得と合わせて、都合26回の合唱練習・リハーサルを経てようやく本番に至るという、初心者ではかなりハードなものとなっていることだ。
 
 わたしの友人は、今年6回目の参加だが、中には毎年ご夫婦で参加される方もいるそうだ。また、今年の最高齢は80歳代だったとのことだが、昨年は90歳のお元気な方も参加されていたそうだ。

 演奏は、毎年定番の、名古屋フィルハーモニー交響楽団が受け持ち、テノール独唱には、油の乗った錦織 健氏が、毎年出演してくれているといったところだろうか。

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 市民の「第九」コンサート2013
 ベートーヴェン作曲 交響曲第9番 ニ短調作品125「合唱付」他
 2013年11月24日(日曜日)午後4時開演
 「日本特殊陶業市民会館」 フォレストホール
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 名古屋フィルハーモニー交響楽団(演奏)
 大勝秀也(指揮)
 基村昌代 (ソプラノ)、坂上 筆 (メゾソプラノ)、錦織 健 (テノール)、末吉利行 (バリトン)
 市民の「第九」コンサート2013特別合唱団(合唱)

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 名古屋市民会館は名古屋市中区の金山地区にあり、JR、名鉄、市営地下鉄の金山総合駅の北に隣接してある。
 2012年7月1日からネーミングライトの取得で、愛称が「日本特殊陶業市民会館」となった。

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 「日本特殊陶業市民会館」のフォレストホール(大ホール)は、4階層の 2,291席を擁する。


 公募で選ばれ厳しい練習に耐えてきた、混声四部の男女400人が晴れのステージに立ち、名古屋フィルハーモニー交響楽団の演奏に合わせて、約20分間の第4楽章を厳かに歌い上げた。
 会場いっぱいに、その迫力ある歌声が響きわたり、客席のわたしたち聴衆を魅了し感動を与えた。

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 ベートーヴェン交響曲第9番ニ短調作品125の第4楽章「歓喜の歌」の場面。
 Sinfonie mit Schlusschor über Friedrich Schillers Ode "An die Freude"
 (参考写真 名古屋市の募集WEBから)

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 演奏を終えて、退場する混声四部合唱団。

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 演奏終了後の講評と最後のブリーフィング


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 『An die Freude』 (『歓喜に寄せて』の冒頭の歌詞)
 「O Freunde, nicht diese Töne!
  Sondern laßt uns angenehmere
  anstimmen und freudenvollere.」

 「Freude, schöner Götterfunken,
  Tochter aus Elysium
  Wir betreten feuertrunken.
  Himmlische, dein Heiligtum!」


 もうずっと昔のことだが、学生時代、名古屋市内の八事鶯谷にあった学生寮に暫く住んでいたわたしは、当時、カラヤンが指揮するベルリン・フィル・オーケストラの交響曲第9番のLP(2枚組)を、ビクターのSEAステレオ機でよく聴いたものだった。

 気障な痩せ我慢だが、その時は冬でも部屋の窓を開け放って、外気を身に受け寒さに震えながら聴いたものだった。

 なぜなら、この交響曲第9番ニ短調作品125は、演奏は難しいといわれるけれど、さしものカラヤンが指揮しても、第3楽章までは、その曲調がいつもわたしの眠りを誘うものだったからだ。

 そして何度も、もうそろそろかという思わせぶりな主旋律の繰り返しが続き、もういいかげんにしてよと思い始めるころに、ひときわ力強く「歓喜の歌」の主旋律の披露を終えるやいなや、やおら立ち上がったバリトンの独唱で合唱が始まるというのが、この曲に対する想像力の貧しいわたしの印象だった。



〇 今日の一献  久しぶりに足を運んだ書道展(県美術館ギャラリー)

―― 金森康子さんの第65回『毎日書道展』の入選

 文字というのは、もともと人の意志の伝達手段や記録のためとして発明されたはずだったけれど、日本では、いつしか文字を解りやすく美しく書くだけに留まらず、書かれた文字そのものの態様によって、書き手の心まで表現し伝達しようとする、芸術としての「書道」にまで昇華してしまったのではないかと思う。

 これに対して書の本家中国では「書法」というそうで、「書道」よりも堅苦しくなく、むしろ奔放なのが特長だそうだが、目指すところはきっと同じにちがいない。

 
 元来、悪筆であるわたしは、書道展なるものに足を運ぶことを今まで出来る限り避けてきたのだが、「金森さんが毎日書道展に入選したから観に行こう。」との仲間内からのお誘いがあって、久しぶりに展示会場である名古屋市東区の愛知県美術館ギャラリーを訪れた。

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愛知県美術館ギャラリーのある、名古屋市東区の愛知芸術文化センター10階の坪庭

〇 第65回『毎日書道展』東海展

 門外漢のわたしはよくは知らなかったのだが、『毎日書道展』は、書道文化の向上と書道芸術の相互錬磨を標榜し、昭和23年に書壇を結集して「全日本書道展」を発足したのが始まりで、今年で65回を数える全国規模の書展となっている。
 その応募点数は毎回3万点を超え、入選作品は名古屋の東海展を始め全国10都市で巡回展示される、日本最大規模の公募の総合書展とのことだ。

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 毎日新聞社と毎日書道会が主催する、今回の東海展は、平成25年11月12日から17日まで、県美術館ギャラリーと同市中区の市民ギャラリー栄の2会場で開催され、最高峰の文部科学大臣賞をはじめ入賞、入選作品など1,335点が展示されていた。

〇 金森康子さんの初入選

 金森康子さんは、名古屋市中村区の出身で、現在愛知県大治町に在住する、奇しくもこの『毎日書道展』が始まった年と年齢を一にする元気でチャーミングな女性だ。
 わたしとは中学校が同窓という縁で、今も息の長いお付き合いをさせていただいている。

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 ところで、この『毎日書道展』は、"新しい時代の書道展"を旗印にして、伝統の書から最先端の現代書までのあらゆる分野を結集する総合展で、①漢字のⅠ類とⅡ類(字数)、②かなのⅠ類(和歌、俳句、写経、和様漢字、臨書、巻子、帖・冊子、貼り混ぜなど)とⅡ類(数首の和歌、俳句)③近代詩文書、④大字書(2字まで)⑤篆刻、⑥刻字、⑦前衛書の7つの広い部門に分かれて公募されたものだ。
 
 今回、漢字Ⅱ部門に入選した金森さんの作品は、縦2行、12文字の中国書法、隷書体作品だ。

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 「繞屋一湾水緑 迎軒数染峰青」とあり、太筆・濃墨の作品は、女性ながら素人目にも男性的で豪放な印象を感じさせる好ましい作品だ。

 漢字12文字の漢文の意味は、出典が詳らかでなくわたしには難解だが、多分「建物の周りに光があたり、見渡す湾の水は緑色だ。いくらかの家々があって、遠くの峰は青く染まって見える。」といったことになるだろうか。

 なお、遠慮がちに語った彼女の話では、今回の書道展へは初出展で、初入選したのは幸運だったとのことだが、そうではなくて、きっと日頃の研鑽があってこその入選だったに違いない。

 彼女の今後ますますの活躍を祈りたいと思う。

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 第65回『毎日書道展』東海展の会場展示の様子

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〇 今日の一献 山間の信仰 修那羅山の石神・仏(長野県筑北村)

―― 稲垣 薫さんの写真展『修那羅の祈り』

 長野県麻績村の南の山間に、古い石神・仏の民間信仰があったことを、今回初めて知った。

 今年(平成25年)9月早々、わたしの敬愛する大先輩の稲垣さんから、11月に写真展を開催するとのご案内をいただいたが、懐かしいお顔が見たかったこともあって、開催日の来るのを心待ちにしながら待って、ようやく先日会場を訪れたのだった。

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 写真展『修那羅の祈り』のご案内
 石仏「十一面千手千眼観音」


〇 修那羅の石神・仏群
 長野県の松本から長野市へ向かう長野自動車道の、ちょうど中間にあたる麻績村の「麻績インターチェンジ」で下りて、南に伸びる県道12号を麻績川に沿って車を走らせ、草湯温泉を過ぎてなお上って行くと、県道12号・丸子信州新線の道筋の舟窪山のあたり、筑北村と青木村の村境に標高1,037mの修那羅(しょなら)峠があるという。

 その峠の手前の案内標識に従って右に折れて進むと、神社の駐車場が見える。駐車場で車を降りて少し歩くと、地元の人達が親しみを込めて「しょならさん」と呼ぶ「修那羅山安宮社」(しょならさんやすみやしゃ)の本殿に至る。

 この神社の裏山一帯には、約1,000体ともいわれる素朴な石神・仏などが野天のまま安置されており、それらを総称して「修那羅の石神・仏群」と呼ばれているそうだ。

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 雪の「修那羅山安宮神社」の第一の鳥居(明神鳥居)
 (稲垣さんの展示写真による。)


 そもそもこの「修那羅の石神・仏群」の由来は、新潟出身の修那羅大天武という修験者が、江戸幕末期(安政2年・1855年)に、この地に弟子や信者たちと修行を行うために定住し、この地方に発生した深刻な干ばつに際して雨乞いの加持祈祷により救うなどの霊験を示したことから、地元を始め信濃全域に信者が広まり、やがて、様々な願いとその成就のお礼に、村人たちがそれぞれに手造りの石神・仏を奉納したことに始まるといわれる。

 そのため、これらの石神・仏は、病気平癒、安産、農事豊作などを祈るものなど神仏混交の神像や石仏で、そのほとんどが作者不明の素朴なものではあるが、山中の自然ともに相溶けあった美しさは参拝者の心を和ませ、捉えて離さないという。

 なお、修那羅大天武は、1872年(明治5年)に客死するが、遺言により門弟信徒の手で、修那羅山安宮社に大国主命と共に「修那羅大天武命」として合祀されているとのことだ。

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 雪の「修那羅山安宮神社」の本殿
 駐車場から参道を歩き石段を上ると、10分ほどで本殿に至る。
 (稲垣さんの展示写真による。)

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 深雪の中に佇む「修那羅の石神・仏群」
 本殿の裏手には石造の祠がいくつも並び、さらに周囲に石神・仏などが佇む。
 (稲垣さんの展示写真による。)

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 本殿の背後から山道沿いに建立された、約800体の石神・仏や、約160体の木神・仏の設置状況を示す絵図


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〇 稲垣 薫さんの写真展『修那羅の祈り』

 稲垣さんの今回の写真展には、先に紹介した修那羅の石神・仏の撮影作品、約40点が展示されている。
 この対象に取り組むことになったのは、信州出身の友人からたまたまこの場所の話を聞いて出かけたのがきっかけで気に入り、もう足かけ7年越しで撮影に通い、撮った写真は数千枚に上るとのことだ。

 会場入り口に掲げられたメッセージ
 『野山にある神仏は、庶民が願いを込めて作り修めたものです。神や仏の数だけひとの苦しみと悩みがあり、神仏ひとつ一つに願いと祈りが込められています。
 野山の神仏は、名もなく地位もない大衆の願いや祈りが、身近にあるなんでもない石に、名もない石工の手によって刻まれたものです。
 今は傷んだり地衣類がついたりしています。しかしその形にとらわれない大衆の率直な願いや祈りの表情は、殺伐とした現代に生きる我々に何かを語りかけているような気がします。』


 このメッセージが稲垣さんのこの写真展のすべてを語っているように感じた。

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 撮影にあたって、稲垣さんは照明機材を使わず、石像に当たる自然光が織りなす陰影を大切に心がけて作画されたそうだが、北ダレの安坂の谷の山間のこの場所での日照時間はきっと短く、撮影にはご苦労が多かったに違いないと思う。
(展示作品の中から、以下にいくつかを紹介する。)

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 開祖「修那羅大天武」の像と言われる石像
 
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 大日大聖不動明王(不動尊)の石仏

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 ブナの大木のウロに安置されていた千手観音の石仏が、時とともに成長した木に埋もれてしまっている。
 この像は「ブナ観音」、あるいは「樹胎仏」と呼ばれる。

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 「十一面千手千眼観音」の石仏

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 雪中の「母子地蔵尊」
 母子の霊の冥福を祈り建立されたとみられる石仏。
 造形はあまりにも素朴だが、撮影した稲垣さんの最も気に入っておられる写真のようだ。


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 稲垣 薫さんは、愛知県春日井市のご出身で、現在も春日井市内に居を構えておられる。
 かねて名古屋の経済、教育行政などに携わって来られ、その後春日井の社会福祉関係の公職経験などもお持ちの上に、元来の気さくなお人柄から交流も広い方だ。

 稲垣さんの写真歴は、本格的に始めてからもう20年以上になるそうだが、最近では撮影機材はフイルムカメラから、性能がアップして使いやすくなったデジタル一眼カメラがメインとなっているとのことだ。

 今年、齢80を迎えられたとのことだが、これからも益々お元気でご活躍されることをお祈りしたい。

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 写真展会場のフォトサロン『サン・ルウ』は、名古屋市中区新栄町のアーチビルの2階にある。
 写真展は、21日(木)まで。

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 会場を出ると、はやくも晩秋の日は西に傾き、並木道の黄葉のグラデーションが美しかった。


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