〇 今日の一献 櫨の葉の 真夏の夕の白拍子 風に吹かれて 舞つ吟いつ

―― アルビノの街路樹、ナンキンハゼ(南京櫨)

 初めてそれを見たときには、わたしは白い花が群れて咲いていると思った。

 夕方、仕事を終えての帰り道。お城から西へ続いてきてわたしの家の近くまで来た、広い道の外堀通りの横断歩道を渡ったところにそれはあった。

 真夏の夕方、まだ日没前の明るい時分だが、視力の弱ったわたしの眼には、初めそれは街路樹のナンキンハゼ(南京黄櫨)と並ぶ低いツツジの植え込みの間から、白い枝が突き抜けて咲いた白い花が、頻繁に脇を走っていく車輛の巻き起こす風に、ひらひらと舞うがごとくに揺れているのだと映った。

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 外堀通りの沿線のナンキンハゼの並木道にそれはあった。
ツツジの植え込みの間から、白い枝が突き抜けていた。


 近づいてよく見ると、白い花だと思ったのはナンキンハゼの葉で、ツツジの植え込みから突き出ている枝までも色素を失って、白い「アルビノ」の現象を呈しているのだ。

 アルビノ(albino(ラテン語の白いという意味のアルバスから): 英albinism)は、動物の場合には、メラニン色素の生合成に係わる遺伝情報が突然変異で欠損し、先天的にメラニンが欠乏することにより白化現象を起こし、いわゆる白子個体となることはよく知られている。

 一方、植物の場合には、花の色素が作れなくて白花になる例は、色々な種類で見られる。
 しかし、このナンキンハゼのように、普通は緑の葉などを持つ種類が突然変異により全ての葉が白くなった個体(白化)は、葉の葉緑素(クロロフイル)を失ったことで光合成色素を合成できず独立栄養が営めないために、ある程度まで成長はしても、やがて種子や体内の栄養を使い切ってしまった時点で、枯死することになるという。

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 色素を失った葉や枝は、限りなく白い。しかし、細胞活動がなされ生きており、それは凛として美しい。

 (ただし、クローン増殖の比較的容易な植物の場合には、アルビノ種の植物を、正常の個体を台木に使って、接ぎ木の方法によって育成することができるといわれる。
また、植物栽培の園芸の分野で人気のある「斑入り」の品種は、葉や枝の一部に部分的にアルビノが発生したものだが、葉緑素の欠落が部分的であれば、他の部分と補い合って育成は比較的簡単となる。なお、植物の白化現象には、土壌中の葉緑素合成に必要な窒素や、鉄・亜鉛・マンガンなどのミネラル類の不足や、日照不足、水切れ、葉の老化等の環境要因が原因となって、葉などの色素が抜ける、「クロロシス」という現象があり、アルビノとは区別される。)

 白蛇、白馬、白象など、我々の知る通り、洋の東西を問わず、古来、アルビノなどにより白化した動・植物の個体は、しばしば神聖なものと見做されたり、あるいは逆に凶兆とされるなど、信仰の対象として畏れられてきた。

 改めて、このアルビノのナンキンハゼを見てみると、色素を失った葉や枝は、紛れもなく限りなく白い。ただし、その白さは白紙や白いハンカチといった色彩の白さではなく、確かに細胞活動がなされ生きており、それは凛として、わたしに神々しささえも感じさせる美しさだ。
 さらにピンク色を呈している部分は、きっと栄養分の交換が活発になされている部分に違いない。

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 アルビノのナンキンハゼの葉。

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 正常なナンキンハゼの枝。

 さて、先に述べたように、葉緑素を失って光合成できない植物のアルビノ個体は、独立栄養を営めないことから、ある程度まで成長はしても、体内にある栄養を使い切ってしまった時点で、やがて枯死することになるということだった。
 それを確かめるため、わたしは、一つの試みとして、このアルビノの枝と、隣に生える正常なナンキンハゼの枝を採取し、水だけの入った花瓶に挿しておくという同じ条件で、それらが時間と共にどのように変化していくのかを観察することにした。

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水だけの入った花瓶に、アルビノの枝と、正常なナンキンハゼの枝を挿して、観察することにした。20120822

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 採取から4日後の状態。
 水分だけで、他に栄養素の補給がないため、光合成できないアルビノ個体は独立栄養を営めず、体内の栄養を使い切ってしまった時点で、枯死したものと考えられる。
 一方、正常な枝には変化がない。21120826 


 実は、本当のことを白状すると、このアルビノのナンキンハゼのことに気が付いたのは、昨年の今頃のことだった。わたしが始めに書いたのは、去年のその時の印象だ。

 そして、気づいてから暫くして、この場所のアルビノの枝葉は、地中から出た幹かあるいは根から生えており、養分が補給されているものと考えられるにもかかわらず、今回の水だけに挿して観察したと同じように全て枯死するのが認められたのだ。

 その時は、わたしもまだ、じっくり観察する暇(いとま)もなく、ただただ変化して枯死していく現象を追うだけであったが、今回は、少し余裕を持って眺めることができた。

 仮に、アルビノ種の植物を、通常の個体を台木にして接ぎ木の方法によって育成することができるというのが本当であれば、これらのアルビノの枝葉は地中から出た幹かあるいは根から生えているわけだから、その養分の補給を得て枯死することなく、アルビノのままで育っていくはずではなかろうか。
 現に、今年も季節が来て、再びアルビノの枝葉が生育し、茂ってきているのだからと不思議に思うのだ。
 
 もう一つ不思議なことは、昨年も今年も、その季節が来ると、突然変異のアルビノの枝葉の個体が生えてくるという事実だ。いったい、それが生えている部位は、幹なのか、それとも根の部分なのだろうか。

 これは、素人考えの仮説だが、枝葉を生じさせるのは普通は木の幹だが、その場合には正常な枝葉となるか、アルビノが発現しても、部分的な斑入りとなると仮定する。そうでなければ、アルビノの枝葉が勢力を持ち茂り過ぎれば、全体の枝葉が葉緑体を失うことで、やがてはその樹木本体を維持できなくなって枯死することになるのではないか。

 しかし、これは、隣の正常なナンキンハゼから伸びてきた根の部分であると考えると、本来根として成長するべき細胞が、突然変異による枝葉造成のスイッチが入って成長しはじめると、本来、根には葉緑素を持たないから結果的にアルビノ個体となってある時点まで生育を始めるのではないだろうか。だから毎年生育を始めるが、その枝葉を維持できずに枯死するのではなかろうか。

(それでは根の成長のための栄養素はどこから補給されているのかということになる。この場合、根へは、葉で合成された栄養素が幹を通って供給されるものとされているから、またややこしくなる。)

 専門家でもないわたしがこのなぜかを理解するためには、植物生育のために葉の葉緑素が合成するでんぷんと、地中の根が吸収する、水分や、肥料成分との関係、葉や枝となる芽が発生・生育する幹あるいは根といった部位の関係、遺伝子レベルでの突然変異の発現の原因など、どうやらもう少し時間をかけて調べてみる必要がありそうである。

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 今日もわたしは仕事から帰る夕暮れに、それを横目で眺めながら自転車を走らせた。
 真夏の夕、そこには鮮やかな白いアルビノの南京櫨(ハゼ)の枝葉の一群れが、風に吹かれてひらひらと舞っていた。
 (哀れにも、今年も、もうすぐ枯れてしまうに違いない。)
 しかし、なぜだかそれは、白い直垂、水干の装束で、頭に立烏帽子をいただき、白鞘巻きの刀を差した男装で、鼓や笛に合わせて今様を吟じながら舞を舞う、「白拍子」たちの姿に、わたしには見えた。

  「白拍子 真夏の夕に ひとしきり
           風に吹かれて 舞つ吟いつ」

 きっとそれは、パートナーが気に入って毎週観るから、わたしも必ず観ることになるのだが、なぜか(リアルすぎて煌びやかでないためか)不人気で、記録的低視聴率にあえぐ今年のNHKの大河ドラマ、『平清盛』に出てくる祇園女御や常磐御前のイメージが、わたしの内に深く刷り込まれてあったからに違いない。


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〇 ナンキンハゼ(南京櫨、南京黄櫨、学名: Triadica sebifera )
 中国原産の落葉高木で、乾燥に強く、剪定にもよく耐え、紅葉が美しいことから、公園や街路樹などによく植栽されている。
 葉は互生し、三角状広卵形で先端は尾状で、紅葉は、赤色に紫と黄色が加わったようなあざやかな色となる。6~7月頃に、枝先に長い穂状の花序が形成される。
 和名の由来は、「ハゼノキの代わりに、蝋をとる材料として使われるようになった、中国原産の木」の意味による。



〇 今日の一献 見上げれば、女神か。それとも、、、 その3(終章)

―― 百貨店ビルの壁面を飾る、黄金の女神像?
   
〇 勝手に決めた、黄金の「幸運の女神」。(落としどころは?)

 とうとうわたしは、この黄金の像に係わったがために、ついに自らを深い謎のメイズに迷い込ませてしまったような気分がしてきた。(かなり大げさな表現。)

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 正面から見上げる像は、握りしめた左手の拳を胸のあたりに挙げて、下を通るわたしたちに、「頑張って。」と呼びかけているように見える。

 しばらくの冷却期間を置いて、次にこの状況を打開するのに、わたしが講じたのは、

 まず、この黄金の像の調べを再開する前提条件として、これは、
 ① 女性(女神)の像であること。
 ② 日本の八百万の神も、時代によって性格などに変遷が見られるように、ギリシア神話やローマ神話の神にも変遷・変化があること。
 ③ わたしがこの彫像から受けるコンセプトの印象を信じて、それ以外の日本を含む東洋、北欧などの神話にも登場する有翼の女神は、この際捨象する。
 ④ 神の名称は、英語読みかまたはそれに近しいローマ神話の名称とする。と勝手に決めた。

 そうしておいて、ギリシア神話とローマ神話の中から有翼の女神を探して、片っ端から調べてみることだった。

 さて、こうして割り切っておいてから、いよいよギリシア神話とローマ神話に出てくる有翼の女神の名前リストを作成し、その出自、性格、容姿(着衣、持ち物を含む表現様式)、御利益の効能(分野の守護神)、神話の物語などを、入手可能な彫刻、絵画の画像などと照合しながら吟味していく比定の作業というわけだ。

 その一端を紹介すると、

 まず、① ローマ神話の「ディスコルディア」(ギリシア神話のエリス)は、不和と争いの女神だから、ここにはふさわしくないから除外されるだろう。

 次に、② ローマ神話の「ビクトリア」は、ギリシア神話の勝利の女神「ニーケー(ニケ)」の名の方が有名だが、勝者に栄冠を授ける神の使者として、月桂冠や棕櫚(しゅろ)の枝を持っているというからこの像に近い(黄金の像は、拡大してよく見ると、右手には剣ではなく棕櫚とか麦とかの植物系の枝を持っているように見える。)。しかし、ビクトリアは、車輪に縁がないし、この像が設置されている場所は、本来スポーツ競技場でもなく、ましてや馬券売り場のビルでもないから、いまいち違和感が残る。

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 黄金の像が右手に持つのは、棕櫚かナツメ椰子の枝だろうか。

 ③ 誰でも知っている、「キューピド」(ギリシア神話のエロース)は、愛の神で、背中に翼をつけて恋の矢を撃つ気紛れな幼児として描かれることが多いが、この像は弓矢を持たないし、車輪か何か丸いものに乗っている。本来、天使に性別はなく絵画では時期によって、男性、女性、中性的に描かれることがあったりするけれど、人類愛というあまねく大きな愛でなく、受胎告知の大天使ガブリエルも含めて個別の愛の範囲に留まるから、結婚式場でもないここにはふさわしくないだろう。

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 像は、不安定な車輪に乗っている。
 しかし、このマークは、名鉄のものではない。


 ④ 正義と天文の女神、「アストライアー」(ギリシア神話のアストライア)は、欲望による人間同士の殺戮に失望し、血に染まった地上を去って天に昇っておとめ座となり、また、善悪をはかるため持っていた天秤はてんびん座となったとの物語がある。しかし、黄金の像は天秤を持たないし、ローマ神話での正義の女神であるユースティティア(英語形:Lady Justice)と同一視され、法律関係(審判)に関わりが深いけれど、ここではどうかとなる。

 このように、お見合い相手を探すように、幾多の女神様をあれこれ吟味してきた時に、ふと出会った画像がこれだった。

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 1541年、ドイツのHans Sebald Behamの版画作品、幸運の女神「フォーチュナ」。
 デューラー の銅版画「メレンコリアⅠ」(1514年)の憂鬱とは、まったく異なる。


 ⑤ これは、タイトルが「フォーチュナ」となっており、ローマ神話の幸運の女神、フォルトゥナを描いた、1541年のドイツのH・ベーハム(1500–1550)のモノグラムの版画作品だ。
ギリシア神話では、女神「テュケー」(英語での発音は、「フォーチュナ」。)、その名はギリシア語で、「運」を意味する。中世美術では、彼女は豊穣の角(Cornu Copiae)や舵(Rudder)を持ち、運命の輪(Wheel of Fortune)と共に描かれ、運命の輪の全てを統括することになっているが、この作品では、左手に舵を持ち、右手にはナツメ椰子の枝を持っている。

 だから、件の黄金の像を、幸運の女神「フォーチュナ」と仮定してみると、

(1) 黄金の像は、不安定な球体ではないものの、やはり不安定な車輪に乗っている。あるいはむしろこの車輪は、運命の輪(Wheel of Fortune)かもしれない。
(2) H・ベーハムの描くフォーチュナのように、黄金の像は右手に棕櫚かナツメ椰子の枝を持っている。
(3) 名古屋駅前の名鉄ターミナルビルとしては、幸運の女神フォーチュナは、鉄道の乗降客やビルの百貨店、劇場などを利用する全ての者の幸運(幸福)を願う意味で、ふさわしい女神であるだろう。

 これらのことから、わたしはこの黄金の女神像は、幸運の女神「フォーチュナ」であると勝手に決めることにする。

(では、黄金の像設置の当事者である、名鉄の説明とは異なるのではないかとなるが、名鉄が自社の事業の繁栄を願って、オリンポス12神の内の商業・旅人の守護神として、自社ビルに黄金の像を設置することは理解できるし、既にこの像を「マーキュリー」として定着させているとしたら、それはそれで結構なこととして、わたしは争うつもりはないことをここに明記しておきたい。)

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 さて、ここまで書いてきて、おっと思いついたことがある。

 たしか、名鉄百貨店の1階と地下には、なぜか2つも宝くじ売り場があったなということだ。

 宝くじ売り場とは、正確には名鉄ビルの北前、名鉄百貨店本館入口の「名駅前宝くじチャンスセンター」と、名鉄ビルの地下の「名鉄観光名駅地下支店宝くじセンター」のことだ。

 わたしは、ほとんど宝くじを買う機会がないけれど、聞くところによると、特に名駅前チャンスセンターは、東京の西銀座デパートチャンスセンターや大阪の第4ビルの特設売り場と並んで、日本の3大有名人気売り場のひとつだという。

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 名駅前宝くじチャンスセンターの2012年サマージャンボ宝くじの売り出し風景。

 なぜなら、億万長者が誕生する東海地区ナンバー1の大当たり実績があり、1994年以来、204人の億万長者が誕生しているという。記録が確認できる1994年から現在まで、年末ジャンボ宝くじが当たらない年は無く、2002年の年末ジャンボ宝くじでは、1憶円の当たりくじが12本も出て話題になったようだ。地下の宝くじセンターも、こちらも2002年から2010年のドリームジャンボまでに、40本の億万長者の実績があるそうだから負けてはいない。

 これはまさに、幸運の女神「フォーチュナ」のお陰(御利益)ではないだろうか。
 Try your fortune. (運だめしをする。)

 黄金の像の下を通行する私たちの方は女神に気が付かないけれど、それでも幸運の女神フォーチュナは、名鉄ビルの壁の高い場所からわたしたちを見下ろしながら、いつも等しくわたしたち一人一人の幸運や幸福を願っていてくれるのにちがいないのだ。

 だからこの場にある宝くじ売り場からは、フォーチュナの恩寵によって、その幸運に恵まれた者たちが数多く誕生しているのに違いないと、わたしは思うのだがどうだろうか。



 ところで、蛇足ながら付け加えれば、幸運の女神「フォーチュナ」から派生した、英語の「fortune」の単語の意味は、① 富;身代、資産、大金。財産;金持ちの身、② 運;運命、運勢、③ 運命の女神、④ 幸運、果報。繁栄;成功、などがあるという。

〇 今日の一献 見上げれば、女神か。それとも、、、 その2

―― 百貨店ビルの壁面を飾る、黄金の女神像?

〇 百貨店ビルの壁面を飾る、黄金の女神像?

 近年、名古屋駅前は高層ビルの集積が進んでおり、駅前のJRタワービル、トヨタビル、南のスパイラルタワービル、少し北の牛島ビルなど、機能性を重視した、装飾性のない近代的なデザインの高層ビルが林立する風景を現出しており、これから先も3棟ほどの大規模ビルの建設計画が進められているという。

 こうした駅前にあって、一種ノスタルジックなデザインの名鉄百貨店ビルの白い建物とその壁に飾られた黄金の女神像は、今や駅前の緊張し張りつめた風景の中にあって、観る者にとっては、ある種のほのぼのとした、ゆとりと潤いを醸し出しているようにわたしには見えるのだ。

 さて、肝心のこの像についてだが、回りくどく調べるまでもなく、直接、電話で名鉄百貨店に聞いてみた。

 百貨店の担当者の話では、この像の名は、ギリシア神話の12神の内の一つ、商業、旅人の守護神、『マーキュリー』とのことで、ビルの設計を行った長谷部鋭吉が、この壁に飾ることを創案し、当時の屋外彫刻のパイオニアであった、彫刻家の笠置季男に依頼して制作されたもので、昭和32年のビルの全館完成時に据え付けられたとのことだ。
 なお、この作品は、高さ3m、幅90cmのブロンズ製で、全体を金箔押しされているそうだから、その輝きは本物の黄金色ということになるわけだ。

 (マーキュリー(Mercury)とは、ローマ神話に登場する神である『メルクリウス』の英語名で、ギリシア神話においては『ヘルメス』と同一視されているそうだが、ここでは煩雑を避けるために『マーキュリー』の名でこの先の話を進めることにする。)

 しかし、この像が、『マーキュリー』だと聞いた時、わたしの中で何かしら違和感が湧きあがるのを感じた。マーキュリーは、確か男だったよな、と。

 確かめてみると、マーキュリーは、ギリシア神話の主神で全能の神ゼウスと女神マイアの子で、神々の使者、科学・商業・盗人・旅人の守護神とされ、普通、翼のある帽子とサンダルを身につけ、2匹の蛇が巻き付いた「カドゥケウス」と呼ばれる杖を持った、やはり若者の姿で描かれる男性神だ。ただし、帽子とサンダルがあるから、背中には蛇足だから翼を付けていない。
 
 ところが、平成7年9月にビルの外装などのリニューアルがなされ、それまで取り付けられていた東面から移動し、北東の壁の角を彫刻像が格納できるように少し凹ませる改修工事を行い、太い2本の鉄棒でガッチリと設置した現在、改めて見る、老いた目に映るこの黄金の像は、わたしが幼いころに見て感じたとおり変わらず、背中に羽があり、脹脛まで届く長いワンピース姿の女神像に見えるのだ。

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 東側から黄金の像を眺める。
 背中には羽があり、脹脛まで届く長いワンピースを着ている。


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 改装によって、角面を凹ませ、台座に乗った黄金の像を正面から見る。
 北面の壁に、MEITETSUのロゴ看板が掛かっている。


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 北側から黄金の像を眺める。
 彫刻像は、翼かと思われる翅の付いた車輪に乗っている。
 向こうにスパイラルタワーが見える。


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 東方向から、黄金の像の上半身に迫る。
 頭部は、デフオルメされているが、顔には男性の象徴の髭などはない。
 左手は軽く胸の辺りで握られている。右手に「カドゥケウス」ではなく、剣と思われるものを持つ。
 胸はふくよかで、女性の象徴である乳房と思われる丸い膨らみが見える。
 再設置から17年が経ち、ブロンズ像の金箔に剥落が目立つ。


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 あえて、左正面下からのアングルで、この像を見上げた。
 像の視線は、下を通る者に注がれており、やはり制作者が意図した通り、下から眺める者にとっては、細身で長身の体躯はようやく適度なバランスとなって見え始める。さらに、胸部は強調され、高く見えるから、これはもう女神であるとしか言えないだろう。
 なお、右手に軽く握り持つものは、剣ではなかったように見える。


有翼のヘルメス

 ところで、ネットで関連画像を探したら、翼のある帽子を身につけ、右手に2匹の蛇が巻き付いた「カドゥケウス」と呼ばれる杖を持った、青年神『マーキュリー』の絵が見つかった。
 この絵には、珍しく背中に翼があり、翼のあるサンダルを履いていない代わりに足に翼が生えている。
 名鉄の黄金の像の様式とは、明らかに違う。

 次に、この黄金の像に関連して、その制作者である彫刻家の笠置季男の作品について、少し調べてみた。

 明治34年姫路市の生まれで、東京美術学校(現東京芸大)を出て戦後は二科会の彫刻部の中心として活躍した、笠置季男は、現在の重要文化財タカシマヤ東京店の塑像も手がけているが、中でも帝都高速度交通営団(営団地下鉄)が、笠置季男に制作を依頼して昭和26年に設置したマスコットは、『マーキュリー』をモチーフにデザインされたものだという。現在も東京銀座駅改札前を始め主要駅には全部で15体が点在しているとのことだ。

 この『マーキュリー』は、1936年のベルリンオリンピックに出場した短距離競争の選手の表情をモチーフにし、『戦後復興と伸びゆく若者の希望に燃えた感情を表現したい。』との願いを込めて制作されたとのことで、件の名鉄百貨店の黄金の像と比べて見ると、これは首だけの作品ではあるものの、明らかに若い男性(青年神)像であることが判るだろう。

 つまり、名鉄百貨店のマーキュリー(?)を制作する6年も前に、笠置季男は営団地下鉄の依頼を受けたマーキュリーを、男神像として制作しているのだ。この作品の原型だろう、テラコッタの彫像が、彼が教鞭を執った多摩美術大学の美術館でも見られるというから、よほど本人も気に入った作品だったに違いないとわたしは思う。

 と、すると、少なくとも名古屋の黄金の像の制作者である笠置季男が、女性の像にマーキュリーの名を誤って付するということは、とうてい考えられないということになるのではないか。

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 笠置季男の制作した、『マーキュリー』のうちの一体。
 これは、東京都江戸川区の地下鉄博物館入り口にある。


 ここまできてふと閃いたのは、一般的に企業は、創業からある一定の年月を経ると、創業の何周年かの節目を記念して自らの事業活動の歴史を、社史としてまとめて出版公表する性向があるものだということだ。

 だから、この場合も社史などが出ていれば、それになんらかの情報が書かれている可能性があると踏んで、名鉄百貨店の社史を図書館で探した。やはりあった。名鉄百貨店は、開店から30年にあたる1985年に、『名鉄百貨店開店30周年記念社史』を出版しており、それに期待したけれど、残念ながらわたしの見たところでは、肝心の黄金の像に関する何等の記述も見つからず、勇んで図書館に行った分、かえって失望することとなった。

 (この社史を見ると、このビルは、当初、鉄道駅ターミナルの複合ビルとして、名鉄本社により計画され、途中の変遷と段階的な建設・ソフトオープンなどの経過をたどって全館完成(グランドオープン)した経緯から、ハードに関する記述が極めて少なく思われる。)

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 1985年に出版された、『名鉄百貨店開店30周年記念社史』 第1,2巻
 全館完成時のビルの東壁面に、黄金の像があるのが写真からわかるが、この像に関する記録や、像を扱った画像も見つからない。


〇 今日の一献 見上げれば、女神か。それとも、、、 その3(終章) に続く。
 ―― 百貨店ビルの壁面を飾る、黄金の女神像?

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〇 今日の一献 見上げれば、女神か。それとも、、、 その1

―― 百貨店ビルの壁面を飾る、黄金の女神像?

 ひとは、永らくその町に住み、目に映るいつもの風景を毎日見ながらその道を歩いていても、眺める角度の違いで見えない場合もあるだろうけれど、実は見えていてもそれに対して特別の関心を払わない限りは、不思議と記憶の中に残らないようにできているものだと思う。
 

 ところで、あなたは、この黄金の像が、どこにあるのかご存じだろうか。

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〇 そこにありながら、知られざる黄金の像

 この像は、名古屋駅前にある名鉄百貨店本店のビルの壁の北面と東面が接する角の、ちょうど5階に当る高さに設置されているのだが、そもそもこの名鉄電車の名古屋駅や名鉄ホールといった劇場を併設するという、名古屋にしては珍しい唯一の歴史ある百貨店ビルの壁に、こうした彫刻像があることを知るものは、相当の名古屋育ちの者の中でもなお数が少ないのではないかと、わたしは思う。

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 名古屋駅前の北側から、南の名鉄百貨店の白いビル全体を眺める。
 今や近代的な高層ビルが林立し、床面積の飽和状況を示す駅前で、ひときわ異彩を放つのが名鉄百貨店だ。


 なぜなら、名鉄百貨店のビルを目指して北から来る客は、白いビル全体を確認しながらそのまま南進し、ビルに近づいたところには信号機があるので、それに注意を引かれて、逆光の白いビルを見上げることはめったにないからだ。

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 ビルに近づいたところには信号機がある。通行人は、それに注意を引かれて、ビルを見上げることは少ない。

 一方、南から北進する通行人は、南から名鉄メルサ、近鉄名古屋ビル、そしてこのビルと建物が並んでおり、これらのビルごとに車が横断して出入りする道路があり、車に注意を取られ、なおこちらからは、像のある場所の壁が凹んでいるからもっと見にくく、ましてや高い場所にあるこの像はめったに視界に入ることがないことになる。

 また、駅前の東方面から西進する場合には、駅前ロータリーがあまりにも広く、南北の駅前道路の広いことがかえって災いして、目的とするビルは小さく見えるし、近づいてからは、通行人は今度は対向8車線の幅の広い車道を、信号機が変わるまでに足早に横断しなければならない。

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 東方面から西進する場合には、信号機が変わるまでに足早に横断しなければならない。

 だから、いずれの場合も、ビルの壁面に何かがあるなとは感ずるだろうが、ただでさえ気が急いており、夜更かしで視力を弱めた現代人には、あまりにも見慣れた駅前の風景を、それ以上立ち止まって判別しようとする努力さえ喪失しているのだ。

 さらに最も不運なことには、名古屋駅前の地下全体に発達した地下街があることだ。

 名古屋が誇る、この大きな地下街があるお陰で、地上を歩くときのような信号機に注意を払う必要もなく、何にもまして雨や季節の暑さ、寒さから解放された快適なショッピングや通行ができるわけで、駅前の地下街が慣れぬ者にとっては、迷路のようだとの批判とは逆に、それに慣れた者こそ、日常この地下街を利用するわけだから、とうてい地上のビルの装飾になぞに注意を巡らすはずもなく、これがダメ押しとなるのだ。

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 こうした幾重もの不運が重なった結果、今や人々のこの百貨店ビルの壁にある黄金の像を認識するチャンスは、極めて少なくなるわけだ。

 だから、ときに、名古屋を訪れた他国の者から、たまたま目に留まったこの像について聞かれたとき、それなりに名古屋通を気取るわたしでさえ、この像の正確な由来さえ知らなかったことに改めて気づかされ、狼狽することになるのだ。

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 そんなことで、今回は、この黄金の彫刻像の出自と、由来を調べてみる気になったのだ。


〇 今日の一献 見上げれば、女神か。それとも、、、 その2 に続く
 ―― 百貨店ビルの壁面を飾る、黄金の女神像?

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