〇 今日の一献 部屋に入れてもらえた裸婦

―― 名古屋銀行本店の『微風』(佐藤忠良1963年制作)

 昨年のクリスマスの前に、金山駅の南広場の屋外に、寒い吹きさらしのままに置かれた、寒々とした裸婦像のことについて書いた。

 リンク:師走の寒風の中、『うずくまる女』
 http://2011deko.blog.fc2.com/blog-date-20111207.html
 2011,12,07.街中の風景

 彫刻像も、作者の産み出す芸術作品であるけれど、それが具象的であればあるほどその迫真性が伝わり、生身の人間に対するのに近い感情を観る者に湧き起こさせるのだ。
 だから、寒い季節には着衣はまだしも裸婦では、観る者に身体が縮み上がるほどの寒さを感じさせることになるにちがいない。

 ところが、今まで吹きさらしの場に置かれて、観る者に寒い思いをさせてきた裸婦像が、幸運にも室内の、それも暖房と監視カメラにまで囲まれた幸せな環境の中に入ることになったのが、佐藤忠良氏制作の『微風』像だ。

 以前は、名古屋市内の繁華街にある名古屋銀行本店ビルのエントランス・ヤードは、二方が吹き抜けで、『微風』像は屋根の下ではあったものの、吹きさらしで置かれていた。

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 名古屋銀行本店ビルのエントランス・ヤードの二方が吹き抜けで、
吹きさらしで置かれていたころの『微風』像。


 しかし、あるとき銀行がATMを本店に設置するため、吹き抜けの柱の周りをガラスで囲って部屋としたことから、もともとここに有ったこの像は、結果として部屋の中に取り込まれたのだ。

 題名が『微風』だが、彫刻像は豊満な若い女性で、左手は何かにつかまり、横向きに座りながら眼を閉じて、広げた右手を軽く顔のあたりまで挙げ、風を体全体で感じようとしているかに見える。鼻筋の通った端正な顔に、きっちりと後で束ねた髪は、微風だからか風による乱れはない。

 大理石の台座に座る両足は、空中に浮いたままだ。3mほどだろうか、かなり巨大なボリュームを感じさせる作品だ。このモデルとなった女性は、長時間のこの窮屈なポーズでは、きっと疲れたにちがいない。

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 ATMの並ぶロビーに設置されているのが、ガラス越しに見える。
 夜は、シーリングライトに照らされて、昼よりも像の輪郭がはっきりと浮かび上がる。


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 背後から近寄ってよく観察すると、彼女は、彼女の背後の端から風が抜けきった、「風の袋」の端を左手で握っているのではないかと思う。そして、「もう風はお終い。」とばかり、右手を挙げたところと、わたしには見えた。

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 この彫刻は、名古屋の錦三(きんさん)と呼ばれる繁華街にあり、わたしは、昔からここに置かれていることを知っていたが、若いうちはあまり近寄ってしげしげと眺めるのも何か気後れがして、遠目で見ながら通り過ぎていた。

 なぜならそれは、当時から今と同じように、何故か彼女の豊かな両胸がテカテカと光っていて、いやに艶めかしく感じられるからだ。
 
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〇 理屈屋の蛇足

 本当は、彫刻はその作品の豊饒な体躯や感情を表現するポーズと顔の表情などの全体で、作者は多分自分自身が意図することを観る者に伝えようとしているのだろう。

 しかし、この場合、作品造りに入るとき作者は、その作品が鑑賞者の観賞場所、つまり展示のために置かれるであろう場所の環境状況にまで立ち入って想定し、織り込んでいるだろうかとの思いに至るとき、それははなはだ疑問ではないかと思いつつ、待てよ、岐阜県美術館の屋外の庭に展示されている、マイヨールの『地中海』の女性像があったなと思い出した。

 「地中海」の女性像に雪が積もっていない限り、この像を観ると、それが例え寒い季節の中でも、その像の周りがなにか暖かそうな雰囲気というか、温もりに包まれているのではないかと感じられるのは、きっと作品自体の持つ力と合わせて作品に銘々された「題(ネーミング)」から来る相乗効果からなのだろうと思うのだ。

 だから件の『蹲る女』とか『微風』像とかの裸婦像の場合などは、付された「題」がわたしにとって他に連想できるものがないこともあずかって、置かれた場所の環境そのままに、作品に力があるからこそ金属無機質の鋳物のはずなのに、観る者はその像と同化(シンクロ)して、あたかもその裸婦が感ずるだろう寒さ、暑さを自らのものとして感ずるのではないか。

 そして、その曖昧さゆえに、今度は、『蹲る女』の胸に置かれていたクリスマスプレートのような撹乱要因を見つけると、今まで感得していた感覚は一旦リセットされて、撹乱要因により誘導された別の感覚、「ほのぼのとした」感覚に包まれたのではないかと、理屈屋のわたしはそう考えた


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〇 ブロンズ像『微風』
 この彫刻像は、宮城県出身の我が国を代表する彫刻家、佐藤 忠良の作品(1963年制作、51歳時)による。
1963年(昭和38年)4月の名古屋銀行本店ビル(当時の名古屋相互銀行)の建設・移転に伴い、この場(名古屋市中区錦三丁目)に設置された。

〇 佐藤 忠良(さとう ちゅうりょう、1912年7月4日― 2011年3月30日)
 日本を代表する彫刻家の一人。生き生きとした女性像などをブロンズや木彫で表現した。福音館書店版の絵本『おおきなかぶ』の挿絵なども手がけた。
 主な作品は、1990年設立の佐藤忠良記念館(仙台の宮城県美術館内)や滋賀県守山市の佐川急便美術館に収蔵されている。教育者として東京造形大学において創立より多数の後進の教育に携わり、東京造形大学名誉教授。1912年 、宮城県で生まれ、父の死去で幼少期を母実家、北海道夕張ですごす。1934年 、東京美術学校彫刻科入学1939年 1945年― 1948年までシベリア抑留に遭う。
 代表的な作品として、『群馬の人』(1952年)、『蒼穹』(1977年)、「四季の像」の一つ『夏の像』(1977年)、『若い女の像』(1984年)や『若い女』(1971年)北海道旭川市の平和通買物公園、『人魚』旭川市 北海道療育園彫刻の森などがある。




 わたしのブログも、この記事で丁度100項目となった。
 スタートしたばかりのころは、何かに憑かれ追われるように書きまくってきたが、このごろはマイペースで、今までに感じたこと、撮影してきたストックを取り出してきたり、新たに取材した事をまとめたり、それなりに楽しめる余裕が出てきたようだ。

 これからも、そろりとまいりますので、よろしくお付き合いください。

〇 今日の一献 初節句の娘の幸せと、良縁を願って その2

――  桃の節句 雛の人形飾り

 先に、この尾張地方では、嫁いだ娘が女の子を産むと、初節句には、お祝いを兼ねてその子の将来の幸せと、良縁を願って、実家からひな人形を贈る習わしがあると書いた。

 今は、贈ってもらっても、相当の御大家や昔ながらの田舎家でもない限り、飾るところのスペースもなかなか確保できないので、かえって贈ってもらった方の迷惑になる場合がある。
 ましてや、現代では結婚相手はその地方出身の者とは限らず、海外を含めて広く他國にわたるようになってきたから、この地方の風習だからといって良かれと考え押付けると、かえって先様の誤解を招くこととなっては、不本意ともなりかねない。

 しかし、この習わしを途切れさせず引き継ぐことにしたのは、わたしたちの子供が生まれたときにも、有難いことにパートナーの実家からお祝いとして、立派なひな人形を贈って頂いたことと、先様がご迷惑でなく喜んでいただけることを確認したことによる。

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 今まで七段飾りが正調かざりで普通であったが、近頃では場所の制約もあって、お内裏様と三人官女、お道具揃えの三段飾りが主流を占めている。
 だからといって、三段飾りが安いわけでなく、かえって人気が陰ってきた七段飾りの方が値打ちだったりする。要は人形の頭とお召し物の造り、出来が値段を左右するという。

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 さて、そんなことで、我が家の雛飾りであるが、、、。

 娘が小さなうちは、その成長と幸せを願い、娘も喜ぶからと、その時分が来るときちんと飾ったものだ。
 しかし、最近では、この出してきて、飾り付けて、祭りが終わったらすぐに仕舞う、というこの一連の作業も、わたしにとってはなかなか面倒なもので、億劫なものとなってきた。
 (例え仕舞う時が遅くなることがあっても、その時はお姫様を後ろ向けることで、娘が行き遅れることの無いようにとの便法も使った。)

 第一若いころと違って、上の階から幾つかの雛飾りの箱を出してくるのも、飾り台を組立てるのも、人形の被り物・冠や持ち物、お道具などの細々した付属品を付けたり並べたりするのにも、パートナーともども頑張るとしても、体力、視力が劣ってきたこの頃、やたらと時間がかかって苦労するようになってきた。

 だから、「お内裏様だけ飾る。」とか何とか言っているうちに、次には娘が幸せに嫁いだ後では、「もう願いは叶ったわけだから。」とか理由を付けて、ここ数年は何とか飾り付けを逃れようとすることに腐心するようになっていた。
  
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 ところがである。
 今度は、娘、息子の子供たちが成長して大きくなってくると、孫可愛さと顔見たさで、孫たちを呼んで桃の節句をお祝いするイベントが我が家で開かれるという段に及び、とうとうパートナーの督励で、再び真っ当な飾り付けを始めることとなったのだ、、、。
 いそいそと着付ける着物を見繕うなど、当日の準備に余念のないパートナー。

 さて、この時分になると、各地でひな祭りに因んだ「お雛飾り」のイベントが開かれる。

 中でも、この地方で規模が大きくて有名なのは、先に愛知県豊田市に合併した、足助町の西町から新田町を通る伊那街道(飯田街道)、別名、中馬街道沿いの民家や商家約130軒が、昭和初期、大正、明治時代から代々家に伝わるお雛様を、店や家の玄関などでご披露してくださるイベント、「中馬(ちゅうま)のおひなさん」。

 以前こんなに立派なイベントとは知らず訪れたが、今年も3月11日(日)までの期間でもう始まっている。
 今年で14回目となるが、古くて情緒のある町並みを散策をしながら、三河地方独特の郷土人形、「土びな」や衣装雛などを楽しく見て回ることができる。


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 「御殿飾り」というのだそうだ。戦前の昔は、母の実家の雛飾りもこの御殿飾りだったと懐かしむ。

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 昭和初期、大正、明治時代から家に代々伝わるお雛様を、店や家の玄関などでご披露してくださる。


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 「土びな」は、三河地方独特の雛人形で、粘土で作り色づけたもの。ここには、100年以上前のものもあり、歴史上の有名な武将のものは、良き伴侶が授かるようにとの願いを込めて女の子への贈り物とされていて、男の子には女人姿の土びなが贈られたそうだ。

 リンク:足助観光協会ブログ『第14回 中馬のおひなさん』
 平成24年2月11日(土)から3月11日(日)まで
 http://www.mirai.ne.jp/~asuke/asuke.htm

〇 今日の一献 初節句の娘の幸せと、良縁を願って その1

――  桃の節句 雛の吊るし飾り

 この尾張地方では、「国府宮のはだか祭も終わり、立春が過ぎたのに、」というのが、常套句で(年が改まってからの)今頃の寒さを言う時の枕詞となっている。
 だから、この用法は、「――のに、まだ寒い。」となる。

 いつもなら、この地方では、旧暦13日に行われる国府宮の裸祭りのときがもっとも寒く、これが過ぎれば暖かくなると信じられている。また、節気の「立春」は、旧暦と違って太陽が基準だから、まず季節と連動している。
ところが今年は、裸祭りと立春が重なって過ぎたにもかかわらず、今も冬の真っ最中のように寒く、梅の花も一カ月ほど遅れるとの観測があるほどだ。
 回りくどい悠長な前置きとなったが、要は2月も下旬になってもまだ寒いということを言いたかったのだ。

 しかし、暦は待ってくれない。もうすぐ五節句の一つ上巳(じょうし)の3月3日が来る。本当は、旧暦の3月3日は桃の花が咲くころだから「桃の節句」というのだが、今では太陽暦(新暦)に従うことになっていて、とんと季節の実感が湧かないことになるけれどしようがない。いまや世の中それで動いているから、来てしまう。

 「桃の節句」は言わずと知れた、雛祭りだ。

 この地方では、嫁いだ娘が女の子を産むと、初節句には、お祝いを兼ねてその子の将来の幸せと、良縁を願って、実家からひな人形を贈る習わしがある。
 ところが今回は、生まれたのが嫁いだ娘の二人目の女の子となるので、困った。
 先に生まれた女の子(孫娘)の時に、すでにひな人形は贈ってあるから、また贈れば八重て(やえる:「重複する」という方言。)しまう。

 だから、本当は、何も困ることは無いのだが、何もしないのは上の子との差が出てかわいそうだから、何かしなければとの孫かわいさの方が勝ってしまい、悩んだ末に別趣向として贈ることを決めたのが、パートナー発案の、吊り雛人形、「雛の吊るし飾り」だった。

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〇 「雛の吊るし飾り」の、一つ一つの飾りに込めた願い

① 鶴(つるにあやかって、生まれを寿ぐ)
② 鴛(おしどりにあやかって、仲睦まじく)
③ 米搗きネズミ(上の子の干支)
④ 這い這い人形(子供が元気に育つよう。)
⑤ トラ(下の子の干支)
⑥ 幼い姉妹の睦み人形(姉妹が仲良く幸せに。)
⑦ 梅の花と桃の花(節句の季節の花)
⑧ 猿ぼほ(子供が元気に育つよう。)
⑨ 手毬(女の子の遊び道具)


 作者は、まず、発注者からお祝いされる子供たちの生年などの話を聞いた上で、ストーリを創作飾りに込める。

 こうして、一旦方針が決まれば、流石パートナーの行動は素早く、吊るし飾りを創作する人が岐阜に居ると聞いて来て、早速、娘家族を引き連れて自ら先頭になって岐阜まで足を運こび、その作品を確認するやその場で注文してくる手際よさ。
 そして、受け取り時には、オプションとして、岐阜のご城下の散策ルートも併せて付きあわされるという運動能力の高さに改めて驚かされたが、おかげでその出来は、わたしたちにとって満足のいくものとなった。

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 この「雛の吊るし飾り」の制作をお願いしたのは、岐阜市内の伊奈波神社の近く、伊奈波通りから北へ入った静かな通りある、「空穂屋」さん。

 築100年という古民家を再生して、「うなぎの寝床」と呼ばれる京の町家風の典型的な間取りを生かした店の内部の造りは、外観以上の規模と情緒にあふれている。中に入ると、まず天井から下がる圧倒されるほどの大きな吊るし飾りがあり、吊るし飾りの材料や、アンティーク雑貨なども販売している。奥の方では、カフェスペースがあり、ゆったりとコーヒーが楽しめる。

 作者は、女将さん。市販の既製品と違い、まず、お祝いされる子供たちの生年などの話を発注者から聞いた上で、創作飾りの一つ一つにストーリを込める。こうして出来上がる作品だからこそ、満足につながるのだ。

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 お店のたたずまいは、このように堂々としたもの。そして、奥まで深い。

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 奥の蔵には、古い時代雛が展示されている。現代雛と違って、お顔や飾りに少し違和感を感ずる。

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 カフェ&和雑貨店「空穂屋」リンク  
  住所:岐阜県岐阜市靭屋町38番地
  Tel:058-215-7077
  営業時間:9:00~18:00
  定休日:年中無休

  HP:http://utsuboya.info/index.html

 ところで、JR名古屋駅の15階にある、名古屋マリオットアソシアホテルロビーでは、今年も3月3日(土曜)まで、大きな「雛のつるし飾り」が展示されている。

 これは、昨年に引き続き、愛知県海部郡大治町の「雅の会」が、たくさんの方々から寄付された着物を材料に、心をこめて制作したものだそうで、立派なので一見の価値があると思う。


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 昨年のホテルロビーに飾られた、立派な「雛のつるし飾り」。昨年の干支に因んでウサギが多い。

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 〇リンク:名古屋マリオットアソシアホテルの「雛のつるし飾り展示について」
 http://www.associa.com/nma/press/image/120119.pdf

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 今年の名古屋マリオットアソシアホテルの雛飾り。昨年と違い、飾りの間口を南向きにしたことで、間口が広くなり、さらに豪華に見えレストランへの導入線にも一役買っている。面白い趣向として、右下でお雛様や五人囃子たちが百人一首などの遊びに興じている。いずれにせよ、一見に値する豪華さだ。
 紅毛碧眼の外人さんたちが、興味津々で(with great interest)説明に聞き入っていたし、若いカップルも訪れていた。


〇 「はだか祭」とは、尾張国総社である、尾張大國御霊神社(通称、国府宮)の「儺追神事」(なおいしんじ)の通称で、毎年旧暦正月13日に行われる、尾張地方の奇祭として知られる。
「立春」とは、1太陽年を日数などで24等分し、季節を表す名称を付けた二十四節気の第1にあたり、定気法では太陽黄経が315度の時で、2月4日ごろとなる。春の初めを指し、この日から立夏の前日までが春となる。(旧暦では12月後半から1月前半になる。)また、節分は、立春の前日を指す。

〇 「雛の吊るし飾り」は、縮緬・正絹(古布)などの着物の布を解いて作った細工物を、細い紐で繋げて、竹等で作った輪に吊るした飾り物。
 その発祥は江戸時代とされており、細工物の一つ一つに長寿や健康などを願う意味が込められ、女の子が生まれたお祝いとして届けられ、桃の節句に飾ったといわれている。
 九州福岡県柳川の「さげもん」、静岡県伊豆稲取地方の「つるし雛」、山形県酒田市周辺の「傘福」などが有名で、日本各地に伝わる。これと同じ様な飾り物が、インドや中国にもあるといわれ、興味深い。

〇 今日の一献 ディナー・コンサートの食楽・音楽

―― 今枝智恵子さんのディナー・コンサート『昭和歌謡の夜』

 先日の土曜日の宵、久しぶりにディナー・コンサートを楽しんだ。
 パートナーの知り合いが、ディナー付きのコンサートを開くというのを聞いて、それでは御相伴に与かろうという下心で、軽い気持ちで参加した。

 食事を楽しみながら、バックミュージックとしてフルートの音を楽しむのだろうと考えていたが、予断に反して先にきっちりとフルコースのディナーをこなして、その後でコンサートをゆったりと拝聴するというスケジュールとのことで、これは真面目なライブになりそうだと観念した。

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 今枝智恵子さんのディナー・コンサート
 『昭和歌謡の夜』ライブの案内とプログラム


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 今年は、彼女の干支の年だそうだ。軽いトークと彼女の広いフルートのレパートリーの中から、今宵のプログラムは、昭和歌謡の懐かしい曲目ばかりで楽しめた。


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 艶やかに光る銀の胴部管。歌口から発するエッジトーン(流体音)が、協奏するキーボードと相まって、豊穣な音となって膨らみながら室内に広がる。

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 わたしのパートナーなど数人を除き、ほとんどの参加者は、『昭和歌謡』にどっぷり馴染んだ懐かしい還暦以上世代ばかり。予約席は、満杯だった。

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● ダイニングなるかわ(熱田区伝馬町)
 今夜の食事・演奏会場となった、レストラン。地下鉄伝馬町からちょっと歩いた国道1号から離れた裏通りにある旧東海道沿いの開店6周年の店。初めて訪れたお店だが、落ち着いた雰囲気が漂っているが、ナイフとフォークだけではなくお箸も出される、気安さがいい。
 また、シェフご夫婦の気どらない接客は、いたって下町っぽいのだが、料理は正統で真面目な洋食屋の味わいでおいしかった。

 わたしたちの向かいの席となった、色白美人のご婦人は、この店の料理がお気に入りの常連さんのようで、気さくな軽い会話も弾み、パートナーともども楽しい夜となった。

 街中の風景に溶け込んだ、気さくな接客とおいしい料理の店。予約が結構入っていて要予約の洋食屋さんです。

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●この夜のメニュー
① アスパラ、カニ、ホタテのズッキーニ巻の冷製前菜
② カキ入り洋風茶碗蒸し
③ トリフ、にんじん入り、鶏肉とフォァグラペーストのパテ
④ レタスとベビーリーフのサラダ、サラミ添え
⑤ カレー風味ホワイトソース仕立ての煮込みポーク
⑥ コーヒーとチョコレートケーキ、イチゴ添え


(わたしの貧弱な説明を、どうかお許しいただきたい。)

 以前、JR名古屋駅北隣の名古屋ターミナルビルにあった、「ホテルアソシア名古屋ターミナル」(建替えのため2010年9月営業終了。)のレストラン出身のシェフが作る料理に満足。

 「ダイニング なるかわ」
  名古屋市熱田区伝馬2-2-11 ファミール山本1F
              TEL 052-682-3977
         昼 11:30~14:00
         夜 17:00~22:30(LO 21:30)
                    火曜定休
 
〇 今枝智恵子女史のプロフィル
 5歳からピアノを、13歳からフルートを始める。
 洋・邦ポップス、映画音楽、タンゴ、叙情歌、ロックなど幅広いレパートリーをクラシックで鍛えた美しい音色で自由自在に操るフルート奏者。主にソロによる演奏で、企業、市町村イベント・パーティ、施設訪問、レストランなど様々なシーンで活躍中。
 「全日演ベストプレーヤーズコンテスト」ソロ部門で入賞。
 1997年からシニアソムリエ、島 幸子氏のワインとトークコンサートを組み合わせた、『フルートとワインに酔いしれて』を開催し、好評を得てシリーズ化している。
 2007年2月にCD「my spring」をリリース。「C'sフルートクラブ」主宰。フルートを大海 隆宏氏に師事し、工藤 重典、ト-マ・プレヴォの各氏に指導を受ける
     

フルーティスト 今枝智恵子 webサイト
リンク http://chieko-imaeda.cocolog-nifty.com/blog/cat23074895/index.html

〇 今日の一献 罪作りな座席マナー(設計)

―― 地下鉄の座席 「マナーをと 云ってる座席が 罪造り」

 わたしは、おバカなことが気になる性質(たち)で、名古屋の地下鉄に乗るとき、今までどうしても気になっていたことがあった。

 しかし、先日、パートナーの習い事の仲間のある男性が、わたしと同じようなことを言っていたということを聞いて、今までわたしだけが感じているだけなのだと思って吐露できなかったことについて意を強くしたところだ。

 それは、名古屋市営の地下鉄東山線の座席のことだ。

 特に東山線に限ったことではないが、座席の後ろの窓枠に、縦書きで「一人でも多くの方が座れるように席をお譲りください。」と書かれた白いプレートが付けられている。反対側には、同じく「この座席は7人掛けです。ゆずりあってお座りください。」とプレートを付けて、乗客が座るときのマナーを求めている。
 だから、乗客は、この座席は7人掛けだと理解でき、よっぽど肥満だったり冬の着ぶくれや天邪鬼でない限りは、7人で座っていることを確かめられれば安心していることが出来る。

 先ほど市の交通局では、乗客のマナー啓発のために、広く市民から「マナー川柳」を募集し、優秀・入選作品が発表された。その作品を2月からポスターにして車内に掲出し、今後も順次発表して啓発していくとのことで、市民を巻き込んだマナー啓発キャンペーンとしてとてもよいことだと思う。

 この優秀作品5点、入選作品10点のうち、座席に関する川柳が、6点に上り、内訳は、足の投げ出し(1)、席の譲りあい(4)、荷物を膝に(1)といった内容で、市営の交通機関、特に地下鉄の座席に関する利用者のマナーの関心が高いことがわかる。
 
 ところが、こうした交通局の(座席)マナーキャンペーンにもかかわらず、東山線のある車輛には罪つくりの車輛があるのは残念なことだ。
 なにが罪つくりかと言うと、それは東山線だけに走る名古屋市交通局5000形電車のことだ。

 通勤・通学者を主な乗客と想定した通勤形電車として、車体はアルミニウム合金製の前面は非常扉を助士側に寄せた非対称形で、名古屋の夏の暑さ対策として待たれた冷房装置を搭載し、防音効果も狙った当時の新型車輛で、1982年(昭和57年)から1990年(平成2年)にかけて、6両編成22本(132両)が旧型車から順次置換え導入されて、いまもいくらかが東山線を走る。

Nagoya_subway_5000_Fujigaoka_20080405 名古屋市交通局5000形電車

名古屋市交通局5000形電車
 1982年から1990年にかけて、132両が導入された。


 この前期の車輛の座席は、一本の座席を区分するためだろうが、濃橙色の座席モケットを2本のステッチで、7本切って8つに区分している。(つまり、7人掛けのスペースだといいながら、8人掛けろと誘導していることになっているのだ。)
 だから、空いているときは、乗客はまず、このステッチに従って何の疑問もなく座る。ところが通勤時間帯に混雑する名古屋駅に電車が着くと、多くの乗客が乗ってきて、空いている席から座るが、座れず立つ乗客のほうが多い。

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東山線5000形前期電車の座席(昭和58年(1983年)日本車輌製造)
 濃橙色の座席モケットを7本切って8つに区分している。
 「この座席は7人掛けです。ゆずりあってお座りください。」と書きながら、矛盾の上に体格の向上などで8人がけは難しい。


 初めから座っている利用者は、普通携帯電話に集中しているか、眼を閉じてヘッドホンの音楽に聴きいっているし、当人たちは初めに指定されたように座っているつもりでいるから、ましてや、はりねずみ効果によって隣の人に触れたくないから、結果として自分の左右にかなりのスペースが出来ていることなど、とんと気がつくはずが無いのだ。

 よし仮に、向かいの座席が7人座っていて、自分の真向かいの人が、なぜか少しずれて座っているのに気が付く者は、老若男女、だだでさえこの不況で気が滅入っていて、疲れている時代にほとんど皆無だ。かくして、本来7人で座るべき座席に、6人、時には5人だけが座り続ける現象が起きる。

 こうして、かなりの余裕スペースでゆったり座り快適を享受する者と、長時間の通勤電車でやっと名古屋に着いて、またこの混雑した車内で狭いスペースの間に立つことを強いられる不快な者との大きな格差が、電車の振動と共振して車内に増大していき、このゆったりと無邪気に座る者たちに対して、怨嗟の鋭い目が注がれることになるのだ。

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 名城線車輛は、全て問題がない。

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 東山線でも5000形前期車輛でなければ、5000形の後期や他の形式電車の座席は工夫されている。東京の山手線JR車輛のように徹底的ではないが、名古屋でも最近の新しい車輛では座席を区分するスタンションポールが、なぜか2本でなく1本だけ付いた。

 これからも5000形前期車輌がいつまで走るのか、わたしは知らない。しかし、決して座席設計のミスとは言わないが、1980年代の初頭に導入されてから既に30年が経過し、当時は8人が可能だったかもしれないが、今は日本人の体格も向上し、大きくなっているのだ。
 
 だからわたしは、「マナーをと 云ってる座席が 罪造り」の川柳を交通局に贈呈し、何らかの工夫、一考を望むものなのだ。

 この現象は、東山線の5000形前期車輌のみに限られる。他の形式の電車は新しく、座席の形態も、色分け、シート分割、バケットシートなどのセオリーと工夫により設計されており、このような矛盾は生じないから、こうした車輛でのマナーの悪さは、ひとえにその乗客の責に帰するのだ。

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他の東山線の電車は、座席モケットに柄をつけて、心理的な誘導効果をねらう一方、定員分の凹みを設けたバケットシートとなっている。

 ところで、わたしはこの矛盾の解消を交通局だけに任せるつもりはなく、わたしはこの車輌に出くわすと、車内の座席の余裕のありそうな場所を見つけて、「詰めてください。」と言ってお願いして座ることにしている。
 2人が、時には3人が動いて詰めなければならないときもあるが、言われないと気が付かないものだ。
 また、言われていやな顔をする人は、滅多にいないものだ。
 (本当は、体力温存のためには座らないで、立っている方がよいのだが。)

 そして大切なことは、座ってから必ず、「ありがとう」と、一言聞こえるように礼をいうことだ。
 これでお互い、気持のよい一日が始まる。
 

〇 名古屋市交通局選定の「マナー川柳」の優秀作品・入選作品
・一席優秀作品 5作品
 ◆ 勇気出し エスカレーター 右に立つ
 ◆ 投げ出すな 夢も希望も その足も
 ◆ マナカには あなたのマナーも チャージして
 ◆ 乗車口 動かぬアナタ オジャマ虫
 ◆ 譲りあう 席にひろがる 笑顔の輪

・入選作品 10作品
 ◆ 朝化粧 家で済まして 乗る美人
 ◆ 飲む食べる メークに携帯 乗る前に
 ◆ 「ここどうぞ」 少しの勇気と 思いやり
 ◆ 人が引く キャリーバッグに 人ひかれ
 ◆ 駆け込まず 次の電車を 待つ余裕
 ◆ ひとりぶん 母子に譲れば ふたりぶん
 ◆ ありがとう マナーの基本は この気持ち
 ◆ 車内では 「どうぞ」 「どうも」が 合言葉
 ◆ 乗るときは 忘れちゃいけない マナーカな
 ◆ 手荷物の お席は君の ひざの上

〇 列車の座席の形態の工夫  ロングシート(縦座席)
 一般に、列車の座席は人間工学に基づいて設計されているが、1人当たりの着席幅が明確にならない場合や、座席に荷物を置いたり、男性に多い脚を広げて座るなどのため、7人掛け座席に6人以下で着席(もう誰も座れない状態)するなど着席定員が守られないことも多く、各鉄道事業者は定員着席のために座席の色や形状に、さまざまな工夫を凝らしている。

1 色分け
 座席モケットの色の一部分を替えて、心理的な誘導効果をねらうもの。
2 シート分割
 ロングシートは長手方向に一体または二分割(4人掛け×2や4人掛け+3人掛けなど)となるのが一般的だったが、スペースを確保しながら小さく分割し、座席定員の明確化を狙うもの。(東山線の5000形前期電車の方式)
3 バケットシート
 座席に体形にあった定員分の凹みを設け、より快適な着座感を期待するほか定員着席を誘導する方式。凹みの形状は各社各様で、その形状によって効果も異なるようだ。
 また、海外ではベンチ状に成形したプラスチック製・金属製のシートが取り入れられている例が見られ、日本でも大阪市交通局30系電車や名鉄モ880形電車などの採用例が見られた。
4 仕切り
 色分けや座席形状でより区画的に、座席の中間に1-2か所の仕切りを設け、半ば強制的に着席位置を画定する構造。
 色分けやバケットシートによる区切り方は、色や座席の凹みを無視され過剰に広く座られるなど強制力が弱かったため、それらに代わる着席範囲の明確化手段として登場した。仕切りの箇所数によってその効果が異なるが、7人掛けの場合に2+3+2の位置で配置するのが主流になっている。
 仕切りには板状のものと、立ち客の握り棒(スタンションポール)を兼ねた直立棒のものがある。特に握り棒を兼ねたものについては、交通バリアフリー法の施行以後の新造車両については、ほぼ例外なく採用されている。
 なお、海外でも輸送量が比較的多いベルリンやロンドンの地下鉄等では、早くから採用されていたほか、アジア地域でもソウル市の都市交通など採用例が増えている。 ロンドン地下鉄の場合、ロングシートに肘掛けを置いて仕切る形で1人分ずつ独立させているとのことだ。

〇 座席数、寸法
 かつては『普通鉄道構造規則』(2002年廃止)により、座席数を車両定員の3分の1以上、かつ1人当たりの着席幅を400mm以上とすることが規定されていた。(国鉄時代は、約430mmに設定していた。)
 この規定は、JR東日本の6扉車導入を機に廃止されたが、こうした特殊な例を除けば2000年代以降も概ね守られている。1人当たりの着席幅は、体格向上に応じて拡大の傾向にあり、最新の車両では450mmから480mm程度が標準となっているそうだ。



 わたしの記事は、いつも長くなる癖があるので、じっくり読んでもらえる時間に余裕のある人以外には、多分敬遠されるのではないかと怖れている。
 だから今度は、軽いネタで書こうとしたが、とうとう今度も長くなってしまったと反省している。
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