〇 日本光学製ニッコールレンズの付いたアイレスフレックスZ型

〇 日本光学製ニッコールレンズの付いたアイレスフレックスZ型

―― 希少なニッコールレンズの神話をまとった二眼レフカメラ

 戦後、爆発的に発生した二眼レフカメラのブームの下で、既存・新興カメラメーカーがこぞって二眼レフを発売した中にあって、それまでの兵器中心から民生用光学機器製造への転換中だったためか、結局わが国の二大光学機器メーカーのキャノンと日本光学(ニコン)だけは二眼レフを製造することはなかった。

 しかし、先に八陽光学工業のアルペンフレックスのアルポレンズの硝材を提供した実績があったからか、ニコンは唯一、アイレス写真機製作所にレンズを供給し、1951年に発売された同社のアイレスフレックスZ型には、テッサータイプのNIKKOR-Q.C 75mm F3.5レンズが装着されていることで有名だ。

 当時のニコンが製造するニッコールレンズは、本家ドイツのツァイス・レンズよりも優秀との人気があり、二眼レフカメラの販売競争で優位に立ちたいアイレスにとっては、ニッコールレンズは自社製品をアピールするには格好のレンズだったろうと思われる。

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● 分解・整備に着手する

 今回我が家へやってきたニッコールレンズの付いたアイレスフレックスZは、60年以上の年月を経て、カメラ本体の前面、両サイドの貼り皮が剥がれ、絞り・シャッターなどの動きも不安定で、何より2つの撮影・ビューレンズも汚れが目立つ老兵だったから、迷うことなく分解整備に着手することにした。

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 現在の工業製品の多くがそうであるように、当時の精密光学機器であるカメラも、自社でデザイン・設計した本体に、定評のあるレンズやシャッターの供給を得てアセンブルしたものが多い。もっとも、本体もローライコードⅢ型のコピーではあるが、、、、。

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 レンズカバーをはずすと、この機体にはセイコーシャのラピッド・シャッター(コンパーラピッドの完全コピー)が、そのまま現れた。

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 撮影レンズ、 NIKKOR-Q.C 75mm F3.5のエレメントの構成図。
   テッサータイプの3群4枚。
 ビューレンズ、View-NIKKOR 75mm  F 3.2のエレメントの構成図。
   トリプレットタイプの3群3枚。

 それぞれ単層コーティングがされている。

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 カメラの肝は、やはりレンズで、クリーンアップしたNIKKOR-Q.Cレンズは美しい。

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 ビューレンズ、View-NIKKOR 75mm  F 3.2

 レンズを供給するに当たって自社製品に絶対的自信と誇りを持つニコンは、ニッコールレンズの性能が遺憾なく発揮されるように、カメラ本体を製造するアイレス写真機製作所に対して、製品精度についての様々な条件を要求したようで、アイレス側も製造・検査工程の見直しを行うなどして応えたため、以後のアイレス製品全般の品質が飛躍的に高まったといわれる。

 今回の分解・整備でも、前面レンズカバーなどを開けてみると、撮影・ビューの2つのレンズが載った繰り出しベースを留める4本のビスにはシーリングがされており、レンズ装着に当たってコリメーターなどによるピント調節・検査が行われていた形跡がある。
 (これらの話題については、後掲の『写真工業』ニッコールレンズの特集「ニッコールレンズ付アイレスフレックス」に詳しい。)

 ニコンの要請によって品質・精度を高めて満を持して発売されたアイレスフレックスZの発売時の価格は42,000円と、当時の二眼レフカメラの中ではかなり高価なものとなったのはいたしかたない。

 しかし、不思議なことに、このカメラにはレンズを通った光がフィルムに届くときにフィルム室内で反射する迷光の影響を減らし、よりコントラストの高い画像を得るための工夫として、高級カメラには付き物のバッフルが備わっていない。
 発売当時の値段が6,800円と、簡易・廉価の二眼レフカメラとして大衆に人気の高かったリコーフレックスにさえ、後期機種のフィルム室には気休めにしか見えないもののバッフルのための溝が備わっているのだから、これはどうしたことだろうかと残念で考え込んでしまう。

 せっかくニッコール付きのカメラを手に入れたものの当時の所有者にもこの不満はあったようで、近頃見つけるアイレスフレックスZの中には、好事家の手で黒画用紙や植毛紙でバッフルを自作したものや、蛇腹カメラの蛇腹をそのままフィルム室内に取付けたものさえ散見されるほど、涙ぐましい努力の跡が残る。

 ところで、ニコンからのレンズ供給は、アイレスの求める数には十分ではなかったようで、1952年以降にはズイコーレンズやコーラルレンズ付きのものが廉価で発売された。
 こうした経緯から、ニッコールレンズ付アイレスフレックスの希少価値は高く、いまではニッコールレンズの神話と相まって、中古市場では強気の値段で流通している。


● 整備を終えて

 ともあれ、早々に最小限の整備を終えて化粧しなおすと、精度は別にしてもそれなりの姿かたちの見てくれや機能を回復するのが、アナログ機器のよいところだ。

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 この時代のアナログ金属カメラには、その質量と質感を眺めて楽しむという、現代のプラスチック・ボディーのカメラにはない楽しみ方ができる。

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 またコンピュータ設計による理想的なレンズを備え、ボタンを押せば必ず写る現代のカメラに比べ、器械計算機で設計した不完全なレンズであることを知りながら、フイルムの感度に思いをはせ、光をどのように与えてやればよいかに少しの葛藤を覚えつつ己が一番適当と思われる絞りやシャッタースピードを決定し、ピントを合わせてから、ままよとばかりやおらシャッターを押すのがこの時代のカメラの撮影作法だ。

 そして、最後にフイルムが現像から上がってくるまでの、期待感の混じった身を揉むような焦燥と忍耐の時間を経て、ようやく手にする自分なりの珠玉の一枚の画像は快感に変わる、、、。
 これも、アナログカメラのマゾ的楽しみ方かもしれない。

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 手元にあるアイレスフレックスZ型
  左は、ズイコーレンズ(3群4枚構成)付き(1952年6月発売 33,000円)
  右は、ニッコールレンズ(3群4枚構成)付き(1951年9月発売 42,000円)

 かくして、わたしの愛でるアナログカメラの数は増殖していくことになる、、、、。


● ニッコールレンズ付アイレスフレックスZの資料

 『写真工業』
  ニッコールレンズの特集「ニッコールレンズ付アイレスフレックス」
 
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 アイレスフレックスのブローシャー
 Z型に付けられたレンズによって値段が違った。
   ニッコールレンズ(3群4枚構成)付き 42,000円
   ズイコーレンズ(3群4枚構成)付き 33,000円
   コーラルレンズ(3群3枚構成)付き 30,000円

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 アイレスフレックスの広告
  ニッコールレンズ付きの新製品Z型が、近く発売されることを予告する広告。


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(参考)
〇 今日の一献 アイレスフレックス Z型とオリンパス・ズイコーレンズ
―― AからZのイニシャル名のうちの(仮の)最初のカメラ
  http://2011deko.blog.fc2.com/blog-entry-394.html



〇 今日の一献 マミヤ6の「オート・アップ」レンズの使い勝手

―― 写したいものを よりクローズアップして撮る

 現代のズームレンズや接写機能の付いた多機能のカメラとは違い、かつての単焦点の標準レンズが装着されていたレトロなレンジファインダーカメラでは、そうした接写や広角・望遠撮影などはできなかった。

 それでも、出来ないとなると人はいろいろ工夫するもので、このオート・アップレンズは、中判ブローニーフィルムを使うマミヤ6のズイコーレンズ用に、接写(クローズアップ)撮影を簡便に可能にする便利なアクセサリーとして開発されたものだ。

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 オート・アップレンズを装着したマミヤ6オートマット

 接写レンズ自体は単なる凸レンズで、カメラ本体側のレンズに被せるだけだが、問題は距離計の役割を果たすレンジファインダーとの連動が必要で、その設計が開発者の腕の見せ所といえる。

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 連動接写器 「オート・アップ」(1m~0.5m用)
 レンズ部分枠にあるネジを緩めてレンズにはめ込み、ネジを締めるだけで簡単に装着できる。

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 連動接写器 「オート・アップ」の裏側
 レンジファインダーの前に置かれる部分も凸レンズとなっているが、焦点を結ばせるために、その距離との関係も計算されている。

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 オート・アップレンズを装着したマミヤ6オートマットの正面

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○ マミヤクローズアップ 20180415-001

 オート・アップレンズを装着して、レンジファインダーを覗きながらより対象物に接近してピントを合わせるだけだから、見え方もアップする。

 マミヤ6オートマットの75mmズイコーレンズの最近接距離は1.mまでだが、この装置を装着すると0.44mまで近寄れる。


● オート・アップレンズの装着前後の撮影例。

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 オート・アップなしの通常撮影(最短1m)

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 オート・アップを装着しての撮影(0.5m)

 このように、対象物に近接することで、人物、花、複写などの近接(クローズアップ)撮影が可能となる。


● 連動接写器 「オート・アップ」の説明書

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〇 今日の一献 名古屋・中村の「秀吉写真クラブ」の第4回写真展

―― 秀吉生誕の地の地元で活躍する写真クラブ

 さる2017年10月18日(水)から23日(月)まで、中村本陣ギャラリーで6日間にわたって開催された「秀吉写真クラブ」の第4回写真展が無事終了した。

 会期中を通して、連日台風21号の影響による雨天が続いたのもかかわらず、お蔭様で、これまでの記録を上回る多くの方々にご来場いただいた。

第4回秀吉クラブ写真展

 「第4回秀吉写真クラブ写真展」の告知フライヤー


● 名古屋・中村が本拠の若い「秀吉写真クラブ」

 秀吉写真クラブは、豊臣秀吉の生誕地、尾張中村、現在の名古屋市中村区の中村公園近くにあるローカルの小さな喫茶店の常連客のうちで、写真好きの高齢者を中心に、誘いあって一緒に撮影に出かけたり、撮った写真を持ち寄って批評したりしているうちに、近年になって自然発生的に始まった写真クラブだ。

 だから、メンバーの平均年齢が高い割りには、今回の写真展でまだ4回目を数えたばかりの若いクラブだということになる。

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 今回の展示会へは、会員7人の作品、あわせて34点が出品された。

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 主な出品作品は、
 ① 自ら考案した特殊機器を駆使し撮影した、渦巻き花火のシリーズ5点
 ② 夏の須成の祭りや池の鯉の群れ、実りの秋の柿・コキアの紅葉などの画像5点。
 ③ 時間をかけて追い続けた、新幹線ドクター・イエローのシリーズ5点
 ④ 一瞬見せる、動物の様々な表情などを捉えてみせた作品の5点。
 ⑤ 早起きの果報、様々な朝日の表情と風景とのコラボレーション作品5点。
 ⑥ 九州・湯布院、茨城のネモフィラの花、雪の日の徳川園の寒牡丹。季節を追った優しい画像3点。
 ⑦ 珍しい陸ホタルの飛跡やイタリア紀行の風景などの画像5点。

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 場  所:名古屋市地下鉄「本陣駅」構内『中村本陣ギャラリー』

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 名古屋市交通局 地下鉄「本陣駅」の地上施設。


● 特別企画「写真で見る名古屋の昔話」のお話会

 第1話 「中村区『まち歩きカード』を片手に散策を楽しむ」
 中村区内の史跡の古写真と開発・発展に貢献した、隠れた功労者のお話。

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 中村本陣ギャラリーの副室で行われたお話会は、開始時刻の午後3時には空席のあった会場も、時間とともに聴衆で埋まり、まずまずの盛況となった。
 
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 特別企画「写真で見る名古屋の昔話」第1話
 「中村区『まち歩きカード』を片手に散策を楽しむ」のプレゼン表紙


 第2話 「尾張の『写真好きの殿さま』第十四代 徳川慶勝」
 知られざる、幕末に活躍した、尾張藩の写真道楽者の殿さまのお話。

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 特別企画「写真で見る名古屋の昔話」第2話
 「尾張の『写真好きの殿さま』第十四代 徳川慶勝」のプレゼン表紙

 2回目のお話会は、前日参加された聴衆の姿も見られ、用意した会場の席は埋まり、中には真剣にメモを採る方や質問者も出るなど盛況だった。


● 工夫された特殊な撮影機材の特別展示

 会場には、写真撮影に使うため、会員が様々な工夫とアイデアを凝らして制作した、特殊な撮影機材が特別展示された。

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 ① 特別展示の工夫機材:「カメラ回転装置」
 中日新聞夕刊の写真展優秀賞を受賞した「渦巻花火」撮影に貢献した装置。

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 ② 特別展示の工夫機材:「宙玉(そらたま)」
 水晶玉とポテトチップスの筒を使った、超広角特殊レンズアダプター。

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 会場での撮影例。宙玉は、手持ちのデジカメを、マクロ撮影にセットして鏡筒に被せれば、簡単に撮影できる。

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 ③ 特別展示の工夫機材:「便利撮影脚立」
 ストラップを使って背負い式にして、高所撮影のための折り畳み脚立と三脚の持ち運びを便利にしたもの。

 このほか、④「垂直撮影機」、⑤「スライドコピー機と接写装置」、⑥「ランプスタンド」などを展示していた。


● 成功裡のうちに終了した展示会

 この展覧会では、単に写真を展示して観覧に供するだけに留まらず、展示作品についての出品者の懇切丁寧な説明や会員の創意工夫で制作した特殊撮影機器などへの解説、出品作品の複製資料の提供、特別企画の「写真で見る名古屋の昔話」のお話会など、内容豊富で多角的な展示会だった。

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 その結果、観覧者の強い興味や関心を引きつけ、質問・解説などで会場滞在時間は長いものとなり、出品者と観覧者の交流がより深まったといえる。

 また、これらの多角的展示と丁寧な対応に、観覧者の皆さんが、観覧後には一様に満足した表情で帰る姿が印象的だった。

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 最終日には、通りすがりの方々への勧誘も行ったが、思いのほか多くの方々が気軽に応じて観覧いただいたことから、声掛け勧誘の重要さを改めて痛感するとともに、次回の展示会運営に向けてまた一つ学んだことだった。

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 会期中を通じてあいにくの悪天候が続いたにもかかわらず、入場者の累計は過去最高を記録して成功裡のうちに終了することができた。
 
 最も幸いだったことは、超大型といわれた台風の通過にもかかわらず、当地方への影響は軽微に留まり、準備から会期、撤収まで、なんらの事故・支障も無く最終日を迎えられたことだった。

 会期中、雨などで足元の悪い中、展示会やお話会にわざわざ足を運んでくださった多くの観覧者の皆様に、心から深く感謝したいと思う。


● わたしの展示作品

 今回、遠方あるいはご都合がつかず、期間中ご来場いただけなかった皆様に、ここでわたしの出品作品を掲載させていただく。

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 ① 『名城外堀の姫ホタル』その1
 「姫」が付くのは小さいものをいい、街中にもかかわらず名古屋城外堀では、毎年の初夏のごく短期間、陸生の「姫ホタル」の発生が見られ、全国的にも珍しい密かな観察スポットとなっている。

 強い光を発する水生のゲンジボタルなどは違って、弱い光を点滅させながら飛ぶ姫ホタルは、美しい光の点の列となって光跡を残す。

 SONY DSLR-A550
  ISO1600 26 sec F2.8

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 ② 『名城外堀の姫ホタル』その2
 本町橋の外堀の東には、明治時代以降、名古屋城内には陸軍第三師団が置かれ、従軍して戦地で死んだ動物たちの霊を慰める『軍馬・軍犬・軍鳩慰霊碑』が建てられており、それらの霊を慰めるかのように「姫ホタル」が飛ぶ。

 SONY DSLR-A550
  ISO1600 14 sec F2.8

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 ③ 『孫の練弾』
 久しぶりに家族で帰省した孫娘が、近付くピアノの発表会に向けて、怠ることなく練習に励んでいた。

 Panasonic DMC-TZ20
 ISO200 1/6 sec F4.8

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 ④ 『ヴェネツィア・ドゥカーレ宮殿』
 お気に入りの女流作家、塩野七生の作品舞台を訪ねたイタリア旅行
ヴェネツィア本島のドゥカーレ宮殿から、対岸の島にあるサン・ジョルジョ・マッジョーレ教会の建物を眺める女性。

 Panasonic DMC-TZ5
ISO100 1/400 sec F4.8

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 ⑤ 『ミラノの路面電車』
 歌劇場、ミラノ・スカラ座の前を走る黄色の路面電車と人待ち顔で佇む女性。

 Panasonic DMC-TZ3
ISO100 1/1000 sec F3.7













〇 今日の一献 35mm距離計連動式蛇腹カメラ フォクトレンダー ビトーⅢ

―― 高性能コンパクト35㎜カメラを目指したはずが、高級・重厚になってしまったカメラ

 フィルムメーカーの巨人コダックが1931年に発売した、装填が簡便なパトローネ入りの35mmフィルムを使うカメラとして、ドイツ・コダック社が開発したコンパクト蛇腹カメラ、レチナシリーズの成功に触発され、当時のドイツのカメラメーカー各社からも各種のコンパクト蛇腹カメラが発売された。

 その中でもビトーⅢ(VitoⅢ)は、カメラの老舗フォクトレンダー社が1939年に発売したビトーⅠを初号機とするビトーシリーズの最高級コンパクト蛇腹カメラとして、同社が開発したばかりの高性能レンズと連動距離計を初めて搭載して1951年に発売された。

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 ボディは、同社の中判カメラ ベッサⅡのように、軍艦部の操作パーツは左右対称に配置され、下に開く前蓋はかまぼこ型に曲線を描いて、全体のフォルムは丸みを帯びた女性の優雅なトルソをさえ想わせるデザインとなっている。


〇 レンズとシャッターの機構

 ボディの底にある解除ボタンを押して前蓋を開けると、油圧式でもないのに二本のレールに載ったレンズとシャッターが静々と引出されてきて、自動起立して組み上がる。

 この点、スーパーイコンタなどのようにバチンと勢い良く飛び出して組み上がらないところも、女性的で奥ゆかしい。

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 レンズは、フォクトレンダーのA.W.トロニエ博士によって1950年に開発されたばかりの、コーティングされた高性能 ウルトロン(Ultron)50mm f2.0が付いている。

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 ウルトロンレンズは、6種もの硝材を使った5群6枚構成の変形ガウスタイプレンズで、非点収差、像面湾曲、歪曲収差といった光学レンズの持つ課題を良く解決しており、初期にはレンズシャッター用に開発されたものだったが、以後発展して高級交換レンズなどに利用されていくことになる。

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 シャッターは、初期型のこのカメラにはコンパー・ラピッドシャッター(ドイツ式シンクロ接点)が装着されているが、セルフタイマーは付いていない。

 なお、ビトーⅢの後期型は、MXシンクロ接点を備えたシンクロ・コンパーとなる。
 シャッターにはレチナⅡaのように、フィルムの巻上げと同時にチャージするオートチャージ機構はないので、撮影前にはチャージする必要がある。

 速度ダイヤルは B、1、1/2、1/5、1/10、1/25、1/50、1/100、1/250、1/500秒。
 絞りは、f2、2.8、4、5.6、8、11、16まで。
 
 
〇 焦点調節とフィルム巻上げ機構
 ピント合わせは、一眼式のファインダーを覗きながら、軍艦部の左にある大きな焦点調節ノブを回してレンズを前後させながら行う。

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 ファインダーは明るいものの小さくブライトフレームは少し見づらいが、フレーム中央に浮かび上がった丸い二重像を重ねることでピント合わせを行う。

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 フィルムの巻き上げは、軍艦部右にある大きなノブを回して巻上げる。 
  
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 巻き戻しは、巻き上げノブとシャッターボタンの間にあるボタンを押して逆転ロックを解除しながら、左の焦点調節ノブの上にある巻き戻しレバーを立ててを回しながら巻き取る。
 
 巻き戻し後のフィルムは、巻き戻しレバーを引き上げて軸をはずしてパトローネを取り出す。

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 裏蓋の開閉は、左両隅にあるレバーを同時に押してロックを外して行う。
 35㎜フィルムのパトローネは左室内に装填し、フィルムは左から右へ移動し右にあるスプロケットで巻き取る。

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 裏蓋の内側に付いたフィルム押えは、脱落の恐れがないスマートな設計で、平面性の確保に工夫がされた圧板が設けられている。

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 カメラの速写ケースは、スマートなデザインの60年以上経過したとは思えない上質な皮で作られている。

 この時代の蛇腹カメラの特徴として、カメラを吊り下げるためのアイレットが付いていないことが多く、残念ながらこのカメラにも無いから、速写ケースは必須アイテムとなる。

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 ところで、なぜ「速写ケース」と呼ぶのか今まで不思議に思っていたが、考えてみれば、これまでの古典カメラのボディは大きく、木製や板金製だったことから、その携帯と保護のために吊紐の付いた皮ケースに入っており、撮影時にはこのケースから取り出して組み立てて使うのが普通だったから、カメラ本体にアイレットは必要なかったとみられる。
 (もっとも、取り出し用に片サイドに皮の取っ手が付いていたが、これは撮影時のカメラ保持用ではない。)

 そのうちに、カメラがコンパクト化して中判や小型になって速写性が高まってくると、いちいちケースから取り出すのが面倒となり、カメラの前蓋を開ければ撮影ができるケースが工夫され、これを「速写ケース」と呼ぶようになったのだろうと思われる。

 なお、時代がさらに下って、ボディの剛性が高まり、より速写性が求められるようになると、カメラ本体に吊環(アイレット)を直接取り付けて紐を通しボディを携帯する、現在普通に見る姿になる。

 
〇 ビトーⅢのアクセサリー

● ボディの底の高下駄
 ビトーⅢの前蓋が下に開くことになったことから、レンズを引き出して組上げて机の上に置くと、前蓋の厚みでカメラのレンズが上を向いてしまう。

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 この対策として、同じく前蓋が下に開く中判スーパーイコンタや35mmコンテッサなどでは、裏蓋に格納した金属の舌を引出して高さを稼いでいる。

 ビトーⅢでは、ボディの底に付けた金属板を開いて、まるで高下駄のように高さを調節して水平を確保している。

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 この場合、単なる金属板だけでは芸が無いと考えたのだろう、金属板には回転する小さな円盤にフィルムの有無を表示するメモアクセサリーが付けられているのはご愛嬌だ。

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● アクセサリーシュー
 ビトーⅢにはストロボを装着するアクセサリーシューがもともと装備してなく、必要に応じて別に用意された着脱式のシューを装着するようになっていたようだ。

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 この固体には、後付工作で別機種のシューが固定されており、実利的ではあるけれど、軍艦部の美観が損なわれているのが残念だ。


○ フォクトレンダー ビトーⅢ(前期) の仕様

〇仕様 ビトーⅢ 20170505-000

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〇 ビトーⅢの取扱説明書と宣伝広告
 
 英語版の取扱説明書の一部

〇取り説 ビトーⅢ 20170505-001
〇取り説 ビトーⅢ 20170505-002
〇取り説 ビトーⅢ 20170505-003
〇取り説 ビトーⅢ 20170505-004

 ビトーⅢの宣伝広告
 
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〇 ビトーⅢの撮影例(Ultron 50mm f2の写り)

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 近くの寺院の山門
 ウルトロン(Ultron)50mm f2

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 梅と石灯籠

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 名古屋市内中村公園の「日吉丸となかまたち」

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 名古屋市内中村公園の記念館の唐風玄関

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 高架ガードを過ぎる赤い名鉄電車

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 名古屋大須観音の本殿と観音噴水


 フォクトレンダーはビトーⅢを発売した1951年前後には、敗戦後のドイツの社会・経済の混乱を振り払うかのように、満を持して相次いで新開発の高性能ウルトロンレンズを装着した35mmプロミネントやビテッサなどの独創的で高品質のカメラも発売した。

 このとき、世界初の光学機メーカーである誇り高きフォクトレンダーは、自社の戦後復興の象徴としてこれらの新製品をラインアップしたことで、大きな高揚感に浸っていたに違いない。

 しかし、ビトーⅢに限ってみても、本来、小型・軽量(コンパクト)な35mm蛇腹カメラを目指したはずだったにもかかわらず、ただでさえ堅牢なダイキャストボディに、重量のある高性能レンズや連動距離計を装着し、大きなノブなどの操作パーツを組込んだことによって、他社の同系列カメラに比べて相当高価で重厚(650g)な高級カメラとなってしまっている。

 このため、当時のユーザーからは必ずしも多くの支持が得られたカメラではなかったようで、生産量も少なかったと見られるが、かえってそのことが、現在ではこのカメラの希少価値を高めているといわれる。










〇 今日の一献 セミサイズ蛇腹カメラ 第一光学のゼノビアC-Ⅱ型

――  高級品を目指した国内中堅メーカー 第一光学

 第一光学は戦前からテッサー型レンズを装着したワルタックス(Waltax 1940年)を生産してきた岡田光学精機から、戦後の1951年(昭和26年)に改称してカメラ製造を本格化し、最盛期には450名の従業員を擁し、自社でカメラ本体やレンズ・シャッターまで一貫生産する中堅メーカーだった。

 第一光学への改称に伴い、生産するカメラのブランド名もそれまでのワルタックスから「ゼノビア」へと変更された。

 このゼノビアC-Ⅱは、ゼノビアブランドの第1号機となった1951年発売のゼノビアC-Ⅰ型に次いで、装着するシャッターをセイコーシャ・ラピッドに変更したモデルとして、同年に発売されたもので、距離計を備えていないものの、岡田精機時代のワルタックスシリーズと同じようにテッサー型の自社製ヘスパーレンズを装着した高品位なカメラになっている。

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〇 ブログ原稿 ゼノビアⅡC
 
〇 レンズとシャッターの機構
 レンズは、前玉だけが単層コーティングだが、定評のあるテッサー型の自社製ヘスパー(Hesper Anastignmat)75mm F3.5(3群4枚)が付いている。
 ちなみに、ヘスパーとは英語で宵の明星・金星を意味し、またカメラのブランド名は、かつてローマ帝国時代に中近東のシリアにあった通商都市のパルミラ王国の女王、ゼノビアから名付けられたともいわれる。

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 シャッターは、ゼノビアC-Ⅰ型の自社製ダイイチ・ラピッドから定評のあるセイコーシャ・ラピッド(コダック式シンクロ接点付き)にバージョンアップされている。

 速度は B、1、1/2、1/5、1/10、1/25、1/50、1/100、1/250と最高速度が1/500秒で実用には十分だ。
 絞りは、f3.5、4、5.6、8、11、16、22まで。

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 第3群レンズはテッサーと同じく凹レンズと凸レンズの張り合わせとなっているが、コーティングはされていない。
 このヘスパーレンズの第3群第一レンズには、経年によるカビの発生などで曇りが出ていたので、表面を酸化ケイ素で磨いて除去した。

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 ピント合わせは、透視ファインダーを備えているが距離計を持たないから、被写体との距離を目測してレンズ鏡筒を回して前玉(第Ⅰ群レンズ)を前後させ、鏡筒に刻まれた距離数に合わせて行う。

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 セミ判(6x4.5cm)のフレーミングは、ガリレオ式透視ファインダーで行う。

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 ファインダーのある軍艦部には、ボティを構えた時の左に巻上げ用のノブがあり、右にレンズ絞りの被写界深度を刻んだアクセサリーノブがある。
 だから、フィルム室の右に装填した120ブローニーフィルムは、現代の35㎜カメラと違って右から左へ巻き取ることになる。
 
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 さらにシャッターレリーズがボディに付いている、いわゆるボディシャッターも軍艦部の左にあるから、撮影時には右手で保持しながらシャッターレリーズや巻取り操作も左手で行うことになる。
 
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 ノブ巻き上げのフィルム確認は、背面にある赤窓を開けておこなう。
お決まりの話だが、二重露出防止機構はないから、多重撮影をしてしまうことに注意を要する。
 なお、背面には第一光学の「D」のロゴが誇らしげに付いている。

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 前面に「ZENOBIA」のデボス加工がされた、皮の速写ケース。

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○ 第一光学のゼノビアC-Ⅱ型の仕様

00- ゼノビアc-Ⅱ


〇 ゼノビアC-Ⅱ型の取扱説明書と宣伝広告

 取扱説明書の一部

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 中村メイコ(女優)を使った、第一光学の宣伝広告

00-1954年ゼノビアフレックスe


〇 ゼノビアC-Ⅱ型の撮影例

00-201717 Zenobia2C-003

 名古屋中村にある太閤山常泉寺の境内
 Hesper Anastignmat(3群4枚玉)
 75mm f3.5

00-201717 Zenobia2C-001

 名古屋中村の常泉寺境内にある豊臣秀吉の像

00-201717 Zenobia2C-007

 名古屋市中村区地内

00-201717 Zenobia2C-012

 結婚式場の教会


 第一光学は、スプリングカメラや二眼レフカメラ、35mmカメラを製造し、当時の日本製品としては良質で、中堅メーカーとして評価されていたが、経営破綻し1955年3月になって工場閉鎖した。その後、ゼノビア光学(Zenobia Kogaku K.K. )に社名変更して操業を続けたものの、ついに1958年に再度破綻して消滅した。


● 参考 第一光学の二眼レフカメラ

  ○ 今日の一献 アルファベットの最後の名称 ゼノビアフレックスⅠ型
   ―― AからZまで、星の数ほどあった国産二眼レフメーカー 

     http://2011deko.blog.fc2.com/blog-entry-377.html






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