〇 今日の一献 「第4回名古屋ブラジルフェスタ」へ寄ってきた

――  Divertido!(楽しい!)、Gostoso(美味しい)、Otimo(最高!)

 今日は父の日ということで、家族から中区矢場町にある店での昼食にお誘いがあったので、時間あわせのついでに久屋大通公園の久屋広場で開催中の「名古屋ブラジルフェスタ2017」へ寄ってきた。

 日本人もブラジル人も皆で楽しめるイベントとして、ブラジルの音楽や食べ物などを紹介し、ブラジルという国を知るきっかけを提供する目的で2011年に始まったこのフェスタは、4回目を迎えた今年、6月の17日(土)、18日(日)の2日間に渡って開催された。
 
00-P1120379.jpg

 メインステージのブラジルの足技格闘技「カポエイラ」の武道グループ、「メモリア カポエイラ」(Memoria Capoeira)による演技。

00-P1120378.jpg

Te Amo(愛してます)

00-P1120363.jpg

Divertido(楽しい!)
 サンバ カーニバルの音楽とダンスで会場内を練り歩く、ダンスグループ「ウニドス ド ウルバナ」 Unidos do Urbana。

00-P1120326.jpg

 激しい打楽器や笛の音の調子に合わせて踊るサンバは、フェスタに欠かせない出し物だ。

00-P1120367.jpg

00-P1120372.jpg

00-P1120310.jpg

Gostoso(美味しい)
 串焼き風肉料理「シュラスコ」、ブラジル風コロッケ「コシーニャ」、スパイシーなソーセージ料理「リングイッサ」など、ブラジルの名物料理の屋台が並ぶ。

00-P1120381.jpg

Otimo(最高!)
 会場中央の食べ物屋台の前に設けられたテーブルで、ビールで盛り上がり、ブラジルフードを食べながらステージ見物が出来る。

00-BrazilFes main

00-P1120410.jpg

 昼食した店があるビルから眺めた会場の賑わい。

00-panorama 20170618-00

00-20170618 map

 なお、名古屋ブラジルフェスタは、日本で開催される2大ブラジルフェスティバルのひとつで、もう一つは7月15日(土)、16日(日)に東京・代々木公園で開催されるという。











〇 今日の一献 なばなの里の「ゲンジホタル」を観に行ってきた

―― 清流に光跡を引いて舞い飛ぶ 夏の風物詩

 三重県長島にあるなばなの里では、園内に流れる小川のせせらぎにホタルを育てているが、このところホタルの出現がピークを迎えつつあると聞いて、入園パスポートを持つパートナーとともに昨夜出かけた。

00-P1110955.jpg

 この季節、なばなの里にある清流では5月下旬から6月下旬はゲンジホタルが出現し、6月下旬から7月上旬がヘイケホタルの時期だというが、どうせ観るなら強く光るゲンジボタルがいいと誰でも思うのか、この日も子供連れの多くの見物客で賑わっていた。

00020170605-16output_comp.jpg
 
 草に留まっていたホタルがせせらぎの上を飛び始めるのは、午後8時過ぎころから。
 6月25日までは「ホタルまつり」と称して、閉演時間が午後10時まで延長されているから、先に菖蒲園やアジサイの花を愛でた後、ゆったりと園内のレストランで腹ごしらえしてから小川の岸に行って見ることにした。

000-20170605-00output_comp.jpg

 皆さんホタルをカメラに収めようと自動カメラを操作するが、手持ちのオートカメラでは撮影はなかなか難しい。
 それにカメラからオートフォーカスの赤外線を照射するから、被写体が赤く染まってしまい、わたしの撮影も影響された。
 それはいたしかたないことだが、本気でホタル撮影するなら三脚は必須となる。

00-20170605-14output_comp.jpg

00-20170605-12output_comp.jpg

000-P1110998.jpg

 飛んできたホタルを手のひらに渡してあげたのだが、きっと子供たちには良い思い出になったにちがいない。

 ゲンジボタルの体長は15mm前後で、国内のホタルの中では最大型。
 成虫は、昼には葉などの陰で休んでおり、夜になって活動し、発光して他の個体との通信をしながら出会ったオスとメスは交尾し、交尾の終わったメスは、川岸の木や石に生えたコケの中に産卵するという。
 孵化した幼虫は、清流に棲む巻貝の一種のカワニナを捕食しながら成長するので、ゲンジボタルの発生環境は清流と切り離せない関係にある。

 また、成虫は水分以外は何も食べないといわれ、蛇足だが童謡にある「ほっ、ほっ、ホタル来い こっちの水は甘いぞ、、、」という歌詞は正に正鵠を突いているのだと妙に感心したりもする。

00-20170605-24-02output_comp.jpg

 先日撮影した、名城外堀のヒメホタルの画像の光跡は点線になっていたが、強く光を発したまま飛ぶゲンジホタルの光跡は、線になって残る。
 
00-20170605-19output_comp.jpg

00-20170605-28output_comp.jpg

 夜空の星とホタルの光の競演

00-IMG_20170605_00010_edited-1.jpg

 なお、なばなの里の定点観測では、前日は454匹、6月4日のこの夜は490匹の出現があったそうで、次の日は、510匹と確実に増えている。

00-P1110957.jpg

 アジサイの花も菖蒲も、今が盛りだった。

00-P1110962.jpg











〇 今日の一献 「徳川園の山車揃え」と「徳川園」に行ってきた


―― 江戸時代から続く山車の競演と尾張藩主の隠居所

● 「徳川園の山車揃え」
 毎年6月の第1土曜・日曜日に名古屋市東区の筒井町や出来町地区では、両地区にそれぞれある須佐之男神社の祭礼「天王祭」で、江戸時代から伝わる山車の曳き回しが行われている。

 近頃では、東区内にある徳川園に両地区から5両の山車が一同に会する「山車揃え」が行われ、江戸時代から伝わる豪華な造りの山車とからくり人形の演技が市民に披露されている。

00-P1110892.jpg

 当日の先着500人に配布された、特製ストラップ。

00-DSC09191.jpg

 筒井町や出来町地区から徳川園に集まった5両の山車
 筒井町天王祭の山車は神皇車(じんこうしゃ)と湯取車(ゆとりぐるま)の2両で、出来町天王祭の山車は、鹿子神車(かしかじんしゃ)、河水車(かすいしゃ)、王羲之車(おうぎししゃ)の3両。

00-DSC09208.jpg

 初夏の風物詩「徳川園の山車揃え」は、2005年(平成17年)の天王祭から開催されており、今年で13回目を迎え、8,000人の見物客で賑わった。

00-DSC09250.jpg

 新出来町の『鹿子神車(かしかじんしゃ)』
 4体のからくり人形が載り、唐子が逆立ちして太鼓を打つ演技をする。

00-DSC09270.jpg

00-P1110881.jpg

 山車の回転「どんでん」
 徳川園の広場に集合した山車は、からくり人形の演技後に方向転換してそれぞれの町に帰る。
 山車の前輪を浮かせて方向を180度回転させる「どんでん」は、山車を操る主役の楫方(かじかた)の腕の見せどころだ。

00-P1110884.jpg

00-P1110886.jpg

00-P1110897.jpg

00-DSC09353.jpg

 徳川園の正門、総ケヤキ造りの「黒門」(登録有形文化財)

000-IMG_20170607_0001.jpg

 NPO法人「東区山車まつり振興会」公式ホームページ
 http://higashiku-dashi.or.jp/



● 徳川園の初夏の風物は、、、、水の涼しさ
 「徳川園の山車揃え」を観に行ったついでに寄ってきた。
 名古屋市の都市公園の一つ「徳川園」は、もともと旧尾張藩二代藩主 徳川光友の隠居所「大曽根御屋敷」として元禄8年(1695年)に造営されたもので、1931年(昭和6年)に尾張徳川家から名古屋市に寄贈され、2005年(平成17年)になって総面積4.5haの池泉回遊式日本庭園として再整備されたものだ。
 なお、「徳川園」に隣接して旧尾張藩の宝物を展示する「徳川美術館」や藩の文庫だった「名古屋市蓬左文庫」がある。

00-DSC09178.jpg

 龍門の滝の上に架かる虎仙橋

00-DSC08999.jpg

 龍仙湖とレストラン・ホールのある「観仙楼」

0170604-panorama-01.jpg

 龍仙湖
 池泉回遊式日本庭園の「徳川園」には、この地方にある木曽山脈、木曽三川、伊勢湾や濃尾平野に見立てて、山、大曽根の瀧、渓流、龍仙湖、牡丹園、菖蒲田などが配置されている。

00-DSC09014.jpg

00-DSC09066.jpg

 菖蒲田
 1,700株が植えられた花菖蒲

00-DSC09043.jpg

00-DSC09093.jpg

00-DSC09112.jpg

 「虎の尾」の名のある深山幽谷を思わせる渓流

00-DSC09152.jpg

00-DSC09165.jpg

 ハクセキレイのつがい

 00-P1110902.jpg

 6つ葵の紋が付いた、徳川園の瓦屋根兵とタチアオイの花。

00-20170605 徳川園

 「徳川園」
 https://www.tokugawaen.aichi.jp/




〇 今日の一献 名城外堀に密やかな光を放つ ヒメホタル

―― 来て、見て、感動 自然が残る都心の中の光の群舞

 名古屋城の外堀に、陸生のヒメホタルが生息するのは知っていたが、昨年は時期を過ぎて惜しくも見られなかったから、今年こそはと夜半にパートナーと出かけた。

 普通は山間部に生息する日本固有種のヒメボタル(Luciola parvula) は、名古屋城外堀などの都心部に生息する例は少なく、全国的にも非常に貴重な存在だという。

20170520-himebotaru-01.jpg

 SONY DSLR-A550
 TAMRON SP-A16 AF17-50mm F2.8
  ISO1600 マニュアル 開放

 ヒメ(姫)の名のごとく固体の身体は小さく、ゲンジボタルのように決して強い光を放たないが、密やかな光を放つ群生が乱舞する姿は誰しも心揺るがすに違いない。

0101-20170520-himebotaru-02_edited-1.jpg

 ヒメホタルの出現は、名古屋城外堀にある「護国神社」や本町橋周辺で23時から翌2時の3時間ほど。
 ピークが5月末から6月上旬というから、是非、眠い目を擦りながらも一見されることをお勧めする。

20170520-himebotaru-03.jpg

 訪れた5月20日の夜は、気温17.5℃、快晴。
 次の日のボランティアのウエブサイトでは、702匹が確認されたという。
 まだまだ、これからピークに向かうようだ。

20170523-0500output_comp.jpg

 再度訪れた5月23日の夜は、気温16℃ 晴れ 出現:1,513匹で、いよいよピークに近づく。

 SONY DSLR-A550
 TAMRON SP-A16 AF17-50mm F2.8
 ISO1600 マニュアル 開放

20170523-1300output_comp.jpg

20170524-2300output_comp.jpg

20170523-1900output_comp.jpg

20170523-10output_comp.jpg

00-P1110447.jpg

 日本固有種のヒメボタル(Luciola parvula)

00-P1320415.jpg

 名古屋市中区の大津橋南西たもとに建つ、案内板

00-P1320413.jpg

 なお、ここでは心強いボランティアの方々が、午前2時ころまで活動されているので安心だ。

 また、お出かけには、以下のサイトを参考にされたい。

 「来て!見て!名古屋城外堀ヒメボタル」 
 http://himebotaru.blog.so-net.ne.jp/


00-P1320416.jpg

00-P1110398.jpg

 昨年は、6月に入ってからここを訪れたが、残念ながらすでに時期を過ぎて見られなかった。

 もう一度見たいと白いBMWを運転したお母さんと訪れた少女が、落胆しながら帰ろうとするわたしたちに向かって、わざわざ窓を開けて、車の中から「さようなら。また来年お会いしましょう。」と手を振ってくれたのに励まされたのだった。




#ヒメホタル #名古屋城外堀のヒメホタル



〇 今日の一献 三重県伊勢市の「お伊勢さん菓子博2017」へ行ってきた

―― 雨降り頻る中、遥々行って、見たが、買って食べられなかった 工芸菓子の展覧会

 明治44年(1911年)の東京市から始まって、戦時中の中断を挟みながら、ほぼ4年ごとに全国巡回で開催されてきた全国菓子大博覧会が、今年は4月21日から三重県伊勢市で開催された。

 招待券をいただいたものの、些事にかまけて時を過ぎ、いよいよ最終日が明日に近づいた土曜日、強い低気圧の接近で雨降り頻るのもめげず、遥々パートナーと三重県伊勢市へ出かけたのだった。 
 
00-P1110141.jpg

 展覧会の会場となったのは、伊勢市朝熊町にある敷地面積28,645㎡のスポーツイベント、コンサート、見本市などの多目的施設、三重県営のサンアリーナとその周辺。

00-パノラマ 菓子博-00

 11,000人収容のメインアリーナには「お菓子のテーマ館」と「全国お菓子出会館が設置されている。

00-パノラマ 菓子博-12

 メインオブジェは、巨大な工芸菓子で表現された、歌川広重の浮世絵「伊勢参宮・宮川の渡し」
 三重県内の100人の職人の分業による幅10m奥行き5.5mの和・洋菓子で制作された巨大な風景が展示されている。

00-P1100982.jpg

 巨大工芸菓子の「伊勢参宮・宮川の渡し」の一部

 この展覧会は、もともと街の和菓子屋さんたちが加入する組合の全国組織が開催してきた経緯から、物産展ではなく、職人の技を見せる工芸菓子の展示が中心で、菓子類の大量製造メーカーやパン、クッキー、ケーキ店などは参加していない。

 展示されている精巧な作品群は、全て食べられる菓子の素材で制作されたものばかり。
 全てが食べられるはずだけれど食べてもいいよと出されても、菓子職人の精魂込めた技と努力を思えば、食べるのが惜しまれて、どこから食べていいのかも分からなくて、きっと手を出せないだろうなと思う。

00-P1110110.jpg

00-P1110116.jpg

00-P1110119.jpg

 和菓子職人の渾身の技が光る花鳥風月の造形は、見る者を唸らせる。

00-P1110071.jpg

00-P1110087.jpg

 愛知県安城市の両口屋菓匠の出品「御所車」

00-P1110021.jpg

00-P1110123.jpg

00-DSC08571.jpg

 飴やチョコレートなどの材質を生かして、洋菓子職人も負けてはいない。

00-DSC08579.jpg

00-DSC08567.jpg

00-P1110127.jpg

00-P1110018.jpg

 日本の春夏秋冬の美しい季節の移ろいを、その造形に生かした「生菓子は、和菓子の真髄だ。」と思わず呟いたら、「本当にそう。」と背後でご婦人の声が聞こえた。

00-P1110010.jpg

 古くから伝わる、落雁などの干菓子の成型用の型

00-P1110050.jpg

00-P1110025.jpg

 各県の郷土菓子・土産品の展示

000-P1100971.jpg

000-P1100969.jpg

 三重県下の高校の合作による力作が目を引いた。

00-パノラマ 菓子博-01

 あいにくの雨。
 それでも全国の菓子のお土産を買うのに行列の待ち時間は70分とのアナウンスで、「ネットの取り寄せでどこでも買えるさ」と、諦めたから土産はなし。
 
00-パノラマ 菓子博-16

00-IMG_20170516_0001.jpg

 かくして、24日間にわたって開催され、昨日幕を閉じた「お伊勢さん菓子博2017」の入場者は、合計584,100人だったという。

 なお、わたしの記憶では、むかし学校から名古屋開催の展覧会を見に行った思い出があるが、それは1961年に愛知県庁前の広場で開催された15回展覧会だったようだ。

00-P1110140.jpg

 ついでに、会場内で見つけた、中央に旧伊勢市市章入り亀甲模様の汚水管マンホールの蓋






〇 今日の一献 35mm距離計連動式蛇腹カメラ フォクトレンダー ビトーⅢ

―― 高性能コンパクト35㎜カメラを目指したはずが、高級・重厚になってしまったカメラ

 フィルムメーカーの巨人コダックが1931年に発売した、装填が簡便なパトローネ入りの35mmフィルムを使うカメラとして、ドイツ・コダック社が開発したコンパクト蛇腹カメラ、レチナシリーズの成功に触発され、当時のドイツのカメラメーカー各社からも各種のコンパクト蛇腹カメラが発売された。

 その中でもビトーⅢ(VitoⅢ)は、カメラの老舗フォクトレンダー社が1939年に発売したビトーⅠを初号機とするビトーシリーズの最高級コンパクト蛇腹カメラとして、同社が開発したばかりの高性能レンズと連動距離計を初めて搭載して1951年に発売された。

00P1100122.jpg

00-P1100619.jpg

 ボディは、同社の中判カメラ ベッサⅡのように、軍艦部の操作パーツは左右対称に配置され、下に開く前蓋はかまぼこ型に曲線を描いて、全体のフォルムは丸みを帯びた女性の優雅なトルソをさえ想わせるデザインとなっている。


〇 レンズとシャッターの機構

 ボディの底にある解除ボタンを押して前蓋を開けると、油圧式でもないのに二本のレールに載ったレンズとシャッターが静々と引出されてきて、自動起立して組み上がる。

 この点、スーパーイコンタなどのようにバチンと勢い良く飛び出して組み上がらないところも、女性的で奥ゆかしい。

00-P1100620_20170509204719bc8.jpg

00-P1100580.jpg

 レンズは、フォクトレンダーのA.W.トロニエ博士によって1950年に開発されたばかりの、コーティングされた高性能 ウルトロン(Ultron)50mm f2.0が付いている。

00ultronelements1.jpg
 
 ウルトロンレンズは、6種もの硝材を使った5群6枚構成の変形ガウスタイプレンズで、非点収差、像面湾曲、歪曲収差といった光学レンズの持つ課題を良く解決しており、初期にはレンズシャッター用に開発されたものだったが、以後発展して高級交換レンズなどに利用されていくことになる。

00-P1100634.jpg

 シャッターは、初期型のこのカメラにはコンパー・ラピッドシャッター(ドイツ式シンクロ接点)が装着されているが、セルフタイマーは付いていない。

 なお、ビトーⅢの後期型は、MXシンクロ接点を備えたシンクロ・コンパーとなる。
 シャッターにはレチナⅡaのように、フィルムの巻上げと同時にチャージするオートチャージ機構はないので、撮影前にはチャージする必要がある。

 速度ダイヤルは B、1、1/2、1/5、1/10、1/25、1/50、1/100、1/250、1/500秒。
 絞りは、f2、2.8、4、5.6、8、11、16まで。
 
 
〇 焦点調節とフィルム巻上げ機構
 ピント合わせは、一眼式のファインダーを覗きながら、軍艦部の左にある大きな焦点調節ノブを回してレンズを前後させながら行う。

00-P1100592.jpg

 ファインダーは明るいものの小さくブライトフレームは少し見づらいが、フレーム中央に浮かび上がった丸い二重像を重ねることでピント合わせを行う。

00-P1100604.jpg

00-P1100597.jpg

00-P1100595.jpg

00-P1100583.jpg

00-P1100588.jpg

 フィルムの巻き上げは、軍艦部右にある大きなノブを回して巻上げる。 
  
00-P1100612.jpg

 巻き戻しは、巻き上げノブとシャッターボタンの間にあるボタンを押して逆転ロックを解除しながら、左の焦点調節ノブの上にある巻き戻しレバーを立ててを回しながら巻き取る。
 
 巻き戻し後のフィルムは、巻き戻しレバーを引き上げて軸をはずしてパトローネを取り出す。

00-P1100606.jpg

 裏蓋の開閉は、左両隅にあるレバーを同時に押してロックを外して行う。
 35㎜フィルムのパトローネは左室内に装填し、フィルムは左から右へ移動し右にあるスプロケットで巻き取る。

00-P1100615.jpg

 裏蓋の内側に付いたフィルム押えは、脱落の恐れがないスマートな設計で、平面性の確保に工夫がされた圧板が設けられている。

00-P1100617.jpg

00-P1100573.jpg

 カメラの速写ケースは、スマートなデザインの60年以上経過したとは思えない上質な皮で作られている。

 この時代の蛇腹カメラの特徴として、カメラを吊り下げるためのアイレットが付いていないことが多く、残念ながらこのカメラにも無いから、速写ケースは必須アイテムとなる。

00-P1100574.jpg

 ところで、なぜ「速写ケース」と呼ぶのか今まで不思議に思っていたが、考えてみれば、これまでの古典カメラのボディは大きく、木製や板金製だったことから、その携帯と保護のために吊紐の付いた皮ケースに入っており、撮影時にはこのケースから取り出して組み立てて使うのが普通だったから、カメラ本体にアイレットは必要なかったとみられる。
 (もっとも、取り出し用に片サイドに皮の取っ手が付いていたが、これは撮影時のカメラ保持用ではない。)

 そのうちに、カメラがコンパクト化して中判や小型になって速写性が高まってくると、いちいちケースから取り出すのが面倒となり、カメラの前蓋を開ければ撮影ができるケースが工夫され、これを「速写ケース」と呼ぶようになったのだろうと思われる。

 なお、時代がさらに下って、ボディの剛性が高まり、より速写性が求められるようになると、カメラ本体に吊環(アイレット)を直接取り付けて紐を通しボディを携帯する、現在普通に見る姿になる。

 
〇 ビトーⅢのアクセサリー

● ボディの底の高下駄
 ビトーⅢの前蓋が下に開くことになったことから、レンズを引き出して組上げて机の上に置くと、前蓋の厚みでカメラのレンズが上を向いてしまう。

00-P1100576.jpg

 この対策として、同じく前蓋が下に開く中判スーパーイコンタや35mmコンテッサなどでは、裏蓋に格納した金属の舌を引出して高さを稼いでいる。

 ビトーⅢでは、ボディの底に付けた金属板を開いて、まるで高下駄のように高さを調節して水平を確保している。

00-P1100646.jpg

00-P1100579.jpg

 この場合、単なる金属板だけでは芸が無いと考えたのだろう、金属板には回転する小さな円盤にフィルムの有無を表示するメモアクセサリーが付けられているのはご愛嬌だ。

00-P1100578_20170510000912f6a.jpg

● アクセサリーシュー
 ビトーⅢにはストロボを装着するアクセサリーシューがもともと装備してなく、必要に応じて別に用意された着脱式のシューを装着するようになっていたようだ。

00-P1100594.jpg

 この固体には、後付工作で別機種のシューが固定されており、実利的ではあるけれど、軍艦部の美観が損なわれているのが残念だ。


○ フォクトレンダー ビトーⅢ(前期) の仕様

〇仕様 ビトーⅢ 20170505-000

00-P1100448.jpg

〇 ビトーⅢの取扱説明書と宣伝広告
 
 英語版の取扱説明書の一部

〇取り説 ビトーⅢ 20170505-001
〇取り説 ビトーⅢ 20170505-002
〇取り説 ビトーⅢ 20170505-003
〇取り説 ビトーⅢ 20170505-004

 ビトーⅢの宣伝広告
 
009_27111420_7.jpg

〇 ビトーⅢの撮影例(Ultron 50mm f2の写り)

00-20150200-VITOⅢ-004

 近くの寺院の山門
 ウルトロン(Ultron)50mm f2

00-20150200-VITOⅢ-009

 梅と石灯籠

00-20150200-VITOⅢ-013

 名古屋市内中村公園の「日吉丸となかまたち」

0020150200-VITOⅢ-014

 名古屋市内中村公園の記念館の唐風玄関

00-20150200-VITOⅢ-024

 高架ガードを過ぎる赤い名鉄電車

00-20150200-VITOⅢ-005

 名古屋大須観音の本殿と観音噴水


 フォクトレンダーはビトーⅢを発売した1951年前後には、敗戦後のドイツの社会・経済の混乱を振り払うかのように、満を持して相次いで新開発の高性能ウルトロンレンズを装着した35mmプロミネントやビテッサなどの独創的で高品質のカメラも発売した。

 このとき、世界初の光学機メーカーである誇り高きフォクトレンダーは、自社の戦後復興の象徴としてこれらの新製品をラインアップしたことで、大きな高揚感に浸っていたに違いない。

 しかし、ビトーⅢに限ってみても、本来、小型・軽量(コンパクト)な35mm蛇腹カメラを目指したはずだったにもかかわらず、ただでさえ堅牢なダイキャストボディに、重量のある高性能レンズや連動距離計を装着し、大きなノブなどの操作パーツを組込んだことによって、他社の同系列カメラに比べて相当高価で重厚(650g)な高級カメラとなってしまっている。

 このため、当時のユーザーからは必ずしも多くの支持が得られたカメラではなかったようで、生産量も少なかったと見られるが、かえってそのことが、現在ではこのカメラの希少価値を高めているといわれる。










〇 今日の一献 セミサイズ蛇腹カメラ 第一光学のゼノビアC-Ⅱ型

――  高級品を目指した国内中堅メーカー 第一光学

 第一光学は戦前からテッサー型レンズを装着したワルタックス(Waltax 1940年)を生産してきた岡田光学精機から、戦後の1951年(昭和26年)に改称してカメラ製造を本格化し、最盛期には450名の従業員を擁し、自社でカメラ本体やレンズ・シャッターまで一貫生産する中堅メーカーだった。

 第一光学への改称に伴い、生産するカメラのブランド名もそれまでのワルタックスから「ゼノビア」へと変更された。

 このゼノビアC-Ⅱは、ゼノビアブランドの第1号機となった1951年発売のゼノビアC-Ⅰ型に次いで、装着するシャッターをセイコーシャ・ラピッドに変更したモデルとして、同年に発売されたもので、距離計を備えていないものの、岡田精機時代のワルタックスシリーズと同じようにテッサー型の自社製ヘスパーレンズを装着した高品位なカメラになっている。

00-P1060993.jpg

〇 ブログ原稿 ゼノビアⅡC
 
〇 レンズとシャッターの機構
 レンズは、前玉だけが単層コーティングだが、定評のあるテッサー型の自社製ヘスパー(Hesper Anastignmat)75mm F3.5(3群4枚)が付いている。
 ちなみに、ヘスパーとは英語で宵の明星・金星を意味し、またカメラのブランド名は、かつてローマ帝国時代に中近東のシリアにあった通商都市のパルミラ王国の女王、ゼノビアから名付けられたともいわれる。

00-P1070168.jpg

 シャッターは、ゼノビアC-Ⅰ型の自社製ダイイチ・ラピッドから定評のあるセイコーシャ・ラピッド(コダック式シンクロ接点付き)にバージョンアップされている。

 速度は B、1、1/2、1/5、1/10、1/25、1/50、1/100、1/250と最高速度が1/500秒で実用には十分だ。
 絞りは、f3.5、4、5.6、8、11、16、22まで。

00-P1060935.jpg

 第3群レンズはテッサーと同じく凹レンズと凸レンズの張り合わせとなっているが、コーティングはされていない。
 このヘスパーレンズの第3群第一レンズには、経年によるカビの発生などで曇りが出ていたので、表面を酸化ケイ素で磨いて除去した。

00-P1070175.jpg

 ピント合わせは、透視ファインダーを備えているが距離計を持たないから、被写体との距離を目測してレンズ鏡筒を回して前玉(第Ⅰ群レンズ)を前後させ、鏡筒に刻まれた距離数に合わせて行う。

00-P1070180.jpg

 セミ判(6x4.5cm)のフレーミングは、ガリレオ式透視ファインダーで行う。

00-P1070177.jpg

00-P1070179.jpg

 ファインダーのある軍艦部には、ボティを構えた時の左に巻上げ用のノブがあり、右にレンズ絞りの被写界深度を刻んだアクセサリーノブがある。
 だから、フィルム室の右に装填した120ブローニーフィルムは、現代の35㎜カメラと違って右から左へ巻き取ることになる。
 
00-P1070192.jpg

 さらにシャッターレリーズがボディに付いている、いわゆるボディシャッターも軍艦部の左にあるから、撮影時には右手で保持しながらシャッターレリーズや巻取り操作も左手で行うことになる。
 
00-P1070174.jpg

 ノブ巻き上げのフィルム確認は、背面にある赤窓を開けておこなう。
お決まりの話だが、二重露出防止機構はないから、多重撮影をしてしまうことに注意を要する。
 なお、背面には第一光学の「D」のロゴが誇らしげに付いている。

00-P1070178.jpg

00-P1070158.jpg

 前面に「ZENOBIA」のデボス加工がされた、皮の速写ケース。

00-P1070154.jpg


○ 第一光学のゼノビアC-Ⅱ型の仕様

00- ゼノビアc-Ⅱ


〇 ゼノビアC-Ⅱ型の取扱説明書と宣伝広告

 取扱説明書の一部

IMG_20170430_0001.jpg

IMG_20170430_0003.jpg

IMG_20170430_0002.jpg

IMG_20170430_0004.jpg

IMG_20170430_0005.jpg

IMG_20170430_0006.jpg

 中村メイコ(女優)を使った、第一光学の宣伝広告

00-1954年ゼノビアフレックスe


〇 ゼノビアC-Ⅱ型の撮影例

00-201717 Zenobia2C-003

 名古屋中村にある太閤山常泉寺の境内
 Hesper Anastignmat(3群4枚玉)
 75mm f3.5

00-201717 Zenobia2C-001

 名古屋中村の常泉寺境内にある豊臣秀吉の像

00-201717 Zenobia2C-007

 名古屋市中村区地内

00-201717 Zenobia2C-012

 結婚式場の教会


 第一光学は、スプリングカメラや二眼レフカメラ、35mmカメラを製造し、当時の日本製品としては良質で、中堅メーカーとして評価されていたが、経営破綻し1955年3月になって工場閉鎖した。その後、ゼノビア光学(Zenobia Kogaku K.K. )に社名変更して操業を続けたものの、ついに1958年に再度破綻して消滅した。


● 参考 第一光学の二眼レフカメラ

  ○ 今日の一献 アルファベットの最後の名称 ゼノビアフレックスⅠ型
   ―― AからZまで、星の数ほどあった国産二眼レフメーカー 

     http://2011deko.blog.fc2.com/blog-entry-377.html






〇 尾張地方の藤の名所の一つ 江南の「曼陀羅寺公園」に行ってきた

―― 60年を経て、園内を所狭しと大きく枝を広げる藤の花の競演
 
 14世紀に開山したという西山浄土宗の古刹、日輪山「曼陀羅寺」の境内に植樹された12種約60本の藤の花が、今を盛りに垂れ咲き競っていた。

 60本というと少なく思えるけれど、1953年(昭和28年)から檀家組織が藤の名所にしたいと境内に植樹を始めたという藤は、60年を経て太い幹に育って園内を所狭しと大きく枝を広げている。

 長く続く75mの藤の棚から垂れる花房は、早咲き、普通、遅咲きと品種によって咲く時期が少しずつ違うことから、紫・紅・白の長く優雅な房や短く可憐なものまで見事に咲き競い、長い期間見頃を楽しむことができる尾張地方の名所になっている。

00-DSC08407.jpg

00-DSC08485.jpg

 白カピタン藤や六尺・九尺藤が咲く藤の棚

00-P1100440.jpg

00-DSC08443.jpg

 藤は60年を経て、太い幹に育って大きく枝を広げている。

00-DSC08449.jpg

00-P1100437.jpg

 華麗な牡丹と九尺藤の競演

00-DSC08507.jpg

 曼陀羅寺公園には牡丹も多い。

00-P1100469.jpg

00-DSC08511.jpg

 蕾は濃いが、開花すると薄い紅色の花で、遅咲き種の「本紅」

00-DSC08524.jpg

 香りが強くブドウの房のように濃紫の花にボリュームがある、別名牡丹藤の「八重黒龍」

00-P1100472.jpg

 藤の咲き誇る中で各種のイベントが開催される今年(2017年)の第52回『江南藤まつり』は、5月7日(日)まで。入場料無料。

00-IMG_20170502_0001.jpg

 曼陀羅寺の第52回『江南藤まつり』の案内パンフレット

 『江南市観光協会 | 藤まつり特設サイト』
 http://www.konan-kankou.jp/fujimatsuri/


001-IMG_20170502_0001.jpg

 曼陀羅寺公園の施設案内図
 愛知県江南市前飛保町寺町202「曼陀羅寺公園」


 〇 喫茶店のモーニングサービス。
 
 ところで、尾張地方の喫茶店のモーニングサービスは有名だが、発祥の地といわれる一宮のそれは「凄い」とは聞いていたけれど、帰る途中にたまたま休憩のために寄った喫茶店のモーニングサービスは、本当に凄かった。

00-P1100479.jpg

 コーヒーを注文すれば、マカロニのサラダ、餡とジャムの載ったバタートースト、茶碗蒸しが付いてくる。最後の締めは昆布茶が出た。これで360円なり。

00-P1100482のコピー

 一般に、モーニングサービスは朝の11時ごろまでが普通だが、ここでは午前5時から午後5時の閉店までがサービス時間とのこと。

 一度は最強の一宮モーニングサービスを体験されることをお勧めしたい。




 #江南の「曼陀羅寺公園」、#第52回『江南藤まつり』、#曼陀羅寺

最新記事
カテゴリ
プロフィール

2011deko

Author:2011deko
でこちんの
  『いつか ありしこと。』
   のブログへようこそ!
(掲載写真は、クリックする
と、拡大写真になります。)

性 別:男性
住 居:愛知県
趣 味:ブログのカテゴリー

天気予報

-天気予報コム- -FC2-
月別アーカイブ
来場者数
検索フォーム
リンク